My Cinema Talk World: 2012

2012/12/21

息子に

2012_12_21


明日、22日は息子の誕生日だ。
ここ数日、息子が生まれた時から今までの出来事を何かと思い出している。
顔だけでなく、性格も日々変化している。
心も体も強いだんなさまに似てほしいが、なぜか私の軟弱な性格に似て来てしまっている気がする。
自分の殻に閉じこもらないでどんどん積極的に外に出てほしいと願う。
若いうちに、外の世界をよく知ってほしいと強く願っている。
何を考えているかをしっかりと相手に伝える言葉をもっともっと培ってほしい。
親に気に入られようなどという考えはすっぱり捨てて、自分の意志で行動してもらいたいと強く願う。
他人には寛容な心を持ち、自分を甘やかすことはだんだんなくすように...などなど
これらは、或る意味自戒でもある。
親が子どもに何を望んでいようと、その通りにいかないのは身を以て重々知っているつもりだ。

先日、昔の職場の上司が他界した。
仕事にとても厳しい方で、私も若かったこともありうまく接する事ができなかった。
似た者同士で集まることだけで快感を得て、苦手なことからは逃げることばかりしていたのだ。
職場の忘年会の時にも、何かうちとけたい気持ちはあったのだが結局話す事ができなかった。
帰りに職場の他のメンバーとともに車で送ってもらうとき、私の好みの洋楽が流れていることに気がついた。
私と同じような洋楽が好きなのかな…となにげに思ったがその話題を言葉にしたかどうかは記憶にない。
このたびの葬儀後のお香典返しに添えられていた親族からの心がこもった文章には故人の人柄や生き方、そして好きだった音楽などのことが触れてあった。
昔、車の中に流れていた音楽。
今にして思えば、あれは心を開く事ができない私に対して何かきっかけを提供してくれた心遣いだったのかもしれない。
あの時の自分がいかに小さかったかを思い返している。
若くはあっても”いい大人”なのに大人になりきれない部分がたくさんありすぎた。
あまりにも卑屈すぎたのかも知れない。

息子には自分と同じ過ちを繰り返してほしくないと切実に願う。


JUGEMテーマ:子供





2012/08/26

ラテンの香り....

te_che.jpg


今年、春頃から?
…だったかな
コカコーラ株式会社から「太陽のマテ茶」なる飲み物が発売されて
直後に買って飲んでみた。
特別美味しいという味がするわけではない。
しかしながら
喉が渇いた時やご飯の時に自然と必ず飲むようになり、ボトルで買い貯めておいて飲んでいるうちにすっかりマテ茶が週間化されていました。
「太陽のマテ茶」のCMなどで強調しているのが
「ラテンの…!!」
という売り文句。
確かに、マテ茶はブラジルやパラグアイ、ウルグアイ、アルゼンチンなどで一般的に愛飲されている飲み物です。

前回のブログでも少し触れたように、チェ・ゲバラも1日の数回のマテ茶タイムをとても楽しんでいたらしい記述が彼に関する本や著書の中にも記述されています。
(マテ茶用のやかんまで持ってバイクで旅に出ています)
彼の父親は事業家だったのですが、マテ茶の農場もやっていたとか。
チェだけではなく、アルゼンチンではマテ茶は国民的飲み物だそうで、チェの本でも出てくるように親しい仲では同じ茶器に注いだマテ茶を回しのみするのが友好のしるしらしいです。

先日まで太陽のマテ茶を何本も買い置きして飲んでいましたが、実際の茶葉から煎れたマテを飲んでみたいという気持ちがわき上がってきました。
自分で煎れて飲んだ方が経済的だしペットボトルが溜まらないで済むしね^^
早速、マテ茶葉と茶器、専用のストロを購入しました。
一昨日飲んだ市販の「太陽のマテ茶」を最後に、あとはローストマテを飲んでいます。
日本の緑茶に比べて香りはそれほど感じられませんが、市販の(ボトルのもの)よりは若干青臭いかな...味も濃厚です。
茶器の2/3ほど茶葉を入れるので1杯目は渋い感じは否めません。
飲み干したら、新たに何回も水やお湯を継ぎ足して飲みます。
ウチは息子と回し飲みしています^^
(息子も太陽のマテ茶から好きになったようです♡)
ここ数日は、ガムシロップを入れて甘い味にしています。
こんな感じで、1日3回のマテ茶タイムを楽しんでいます♪





茶器はガラスに皮が巻き付けてあるもの
 写真(7).JPG




茶葉がびっしり浮いているお茶に
最初は慣れないと思います。

先端に茶こしのようなものが付いた
ボンビージャというストローで飲みます。

写真(8).JPG




JUGEMテーマ:ネットで話題のもの




2012/07/02

あゝ、充実感…



ここのところ、駐車場から職場までの時間にして15分の距離を歩いている。
慣れない頃は、かなりキツいな~なんて思ったりして、職場に着くとグッタリの汗ビッショリだった。
ところが3日も続けると慣れるものらしく、すっかり体調もよくなってきて朝歩くことで気分もよくなっている。
日光にあたることがよい影響を及ぼしてるのかもしれない。
本日は2時間ほど残業だったが、辺りはまだうっすらと明るくて仕事を終えた爽快感もあいまってとっても軽やかに歩いてきたのだ…月も綺麗だったしね(=^ェ^=)んふ。
職場は、私と同年代もいれば、若い子もいる、歳上もいるしで年齢層も幅広い。
お昼の時も若い子たちと談笑しながら楽しく食べている。
最近の若者は懐が深いというか、落ち着いているし、相手の話にもしっかりと耳を傾けるのであまりジェネレーション・ギャップは感じられないのだ。
仕事も一生懸命取り組むし、残業も自分から進んでやる…むしろ自分たちが若い頃よりちゃんと地に足をつけてるように見える。
お昼を共にする気の合うメンバーで飲みにいく約束もしたり…外で働くことで世界が広がり、日々充実しております^^
で、そんなこんなで、今日は残業して帰宅後のご飯と晩酌が一段と美味しかった…
明日と明後日はお休みのせいかしら…(((o(*゚▽゚*)o)))

2012/06/25

すがすがしい!



今日から久しぶりにフルタイムのお仕事。
今まで在宅での仕事が多かったのでまだ身体か慣れない感じはする。
帰りはクタクタだけど、家につく頃には充実感に変わっている。
楽しいぜ♪
そして
2日のお休みが待ち遠しい…


さて、名刺も今度のお休みにプレゼンしてみよう。

それと、最近独学で再びスペイン語を学び始めた。
一昨日、スペイン語圏の知人に用事で電話した時、思い切ってスペイン語で電話したらなんとか通じたようだった…(-。-;フッ~
ただ、ところどころ危うくなると英語が混じったりもしたのだけれど^^;
スペイン語のrrの発音が難しいのだ。
今のところ、会話が先行しているが、文法も少しづつ勉強していくつもりだ。
スペイン語を会得できたら、アルゼンチンで使われるスペイン語、Castellanoもマスターしたいのだ。
南米の中部な北部に住む人でもアルゼンチン人の言葉は人気が高いようだ。

さて、明日も早起きしよっ。
As? que, buenas noches…


2012/06/22

「自分史」を書きたい人たち

20120622

日記をかなりサボっていた。
久しぶりに名刺のデザインを頼まれ、数日かけてロゴ作りから全体のデザインをフォトショップで何通りか作ってみた。
一日、4時間ほどMacの前でああでもない、こうでもない、フォントが相応しくない…だの試行錯誤し、ようやく一段落。
PCに二時間通して座りっぱなしだと変に肩に力が入る上、眼性疲労でかなり疲れる。
そして
近いうちに久しぶりにフルタイムの仕事が始まるので、こちらも慣れるまで大変だろう…しかも1日PCに座りっぱなしだ。
今まで、空いた時に気ままにヨガやピラティスしたり、DVDを見ていた自由時間が少なくなる。。。
とはいえ、土、日ではないにしろ週2日休めるので、十分かな^^
さて、ここ数日DVD何本かと本も1冊読み終えたので感動もupしよう。
DVDと云えば、先日ツィッターで「泣く映画を教えてください」と訊かれ、思いつくまま挙げてみたのだが、改めて数えてみるともっといっぱいあったような….しかももっともっと泣いた作品、自分の中ではとても重要な作品が抜け落ちてるような気がしてなんとも釈然としない。
映画の話題をしたフォロワーさんにも、泣く映画を訊いてみた。
とても通な方で、私がまだ見ていない作品がたくさんあった。
近いうち、レンタル店で探してみようと思った。

話は全く変わって、昨日おもに古い本が置いてある書棚の整理をしたのだが、その際思いがけず1冊の本を見つけた。
ずいぶん前、まだ20代の頃だ。
或る場所で知り合い、懇意にさせていだだいた当時70歳くらいの女性が自費出版された本だった。
調べてみると、AMAZONのサイトにも掲載されていた…
残念ながら在庫がないと記載されていたのだが。
その頃、私は妹と一緒に小説を書いたり他の方達が書いた作品を批評し合ったりするカルチャースクールに通っていた。
教室で気の合うメンバー5人だけで集うようになり、その中の一人が件の本の執筆者である。
カルチャースクールは、30人か40人弱はいたかもしれない。
ほとんどが55~60歳以上の仕事を引退された方…女性が多かったように記憶している。
完成した作品を講師に提出し、その中でも出来のよい作品を全員に配って自宅で読んできてもらい、次回の教室で感想を述べ合うのだ。
そのほとんどが、自分のこれまでの人生を振り返っての苦労話といった内容ばかりだった。
そのどれもが、別な作者が書いているとは思えなかった。
所謂「自分史」とも呼べるだろう。
そのレベル、内容から「小説」と呼べる作品とはほど遠いものだった。
ほとんどの人たちは、パーソナルな部分を共有し、共感してもらうことで安息しているように見えた。
いいかえれば、そのカルチャースクールはアナログなSNSみたいなものだろう。
自分がどれだけ「苦労してきたか、頑張っているか」を文章という高尚な付加価値をプラスし伝える、さらにはコメントをもらうことで喜びを得る事が出来たのだろう。
普段、近所の人たちとの”茶呑み話”では物足りない部分をこうした形で昇華していたのかもしれない。
尤も、その時代は「自分史」を書いて自費出版することが流行っていた時だった。
”私も、やがて「自分史」を出版したくなるのかな”
その頃、漠然と思い、もやもやを孕んだ不可思議な心境になった。

さて、前述した頂いた自費出版の本に話はもどるが、
著者のWさんの作品は、8話の短編から成る小説に仕上がっていた。
文章表現一つにしても洗練されていて、ストーリーもしっかり組み立てててあり、年代を感じさせないクールな作品だった。
小説と「自分史」の違いを敢て説明することはしないが、とにかく「自分史」を書きたい人ではなかったのだ。
当時、Wさんを含めカルチャークラブから離れて集まったメンバー5人は、小説と呼べる作品を書くことを目標にしていた。
Wさんは、自費出版で希望を叶えた。
40代の「青年のような」Sさんは、文芸誌「海○」新人賞に作品を応募、最終選考16作品まで残った。
妹は、県文学賞で準賞だったか佳作だったか、兎に角そのどちらかに選出された。
その直後受賞をきっかけに地方紙のコラム欄執筆の依頼を受け、半年ほど掲載される運びになった。
K町の主婦であり公務員のMさんと私は、真っ白いコピー用紙に印刷され丁寧にホッチキス止めされた、他のメンバーの作品を読んで感想を述べる役目にとどまったのだった。
古びた茶封筒に入った当時の作品やWさんの本を読みながら、予定外の膨大な時間を費やしつつ無事に本棚の整理は終わった。

あの頃のメンバーは、今はどうしているだろうか。

2012/06/15

ドラゴン・タトゥーの女

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寒々としたスウェーデンの風景…そして物語の幕開け...と思いきやツェッペリンの「移民の歌」(カバー曲である)が1本の独立したミュージックビデオとして流れる。のっけからかなりのインパクト!
次々と画面にあらわれるのはグリーンを帯びたモノクロ画像、無機質でメタリックなオブジェのよう。
さすが数々のミュージックビデオの秀作を生み出したデビッド・フィンチャー。細部にも作り込まれた拘りが感じられる。
そう、そんなワケですっかり冒頭で不意を突かれてしまったのだ。
本作品は、スティーグ・ラーソンの著書であるミレニアムシリーズ第一作「ドラゴン・タトゥーの女」の映画化である。
��2009年に本国スウェーデン版もすでに製作、公開されている。こちらもなかなかの出来ではある、ただミカエル役の俳優がどうもしっくりこないカンジだった)
長い原作をよくぞここまで凝縮できたと思う。デヴィッド・フィンチャーに拍手、パチパチパチ!しかしながら、まずは原作者スティーグ・ラーソンに賞賛の拍手をおくるべきかな。
ラーソンは約2年弱でミレニアム・シリーズを書き上げ、2004年出版社との契約にこぎ着けたところで心臓発作で他界している。無念である。彼が生きて書き続けていれば、ミレニアム以上の大作を読むことが出来たかもしれないのに。

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私感ではあるが、この映画自体も全体を通してトリロジー(三部構成)として成り立っていると感じる。(原作本も「ミレニアムシリーズ」というトリロジーの中の第一部となる作品)
��つ目は物語のテーマであるスウェーデンで抱える問題をリスベットというラディカルな人物を通して提起している。一方ミカエル(ダニエル・クレイグ)とヴァンゲル一族が関わって行くプロローグ。
次にミカエルとリスベット(ルーニー・マーラ)が繋がり、事件を徐々に紐解いていく中心的な部分。
最後に事件が解決した後日談を軽快なテンポで流しつつリスベットを一人の女の子として描く部分、そして迎えるほろ苦いラスト。
ヒロイン(リズベット)へ1人の女の子としての好感が沸き、なんとも言えない愛おしささえ感じてしまった。
キャスティングのよさもさることながら、ミカエル役のダニエル・クレイグとリスベット役のルーニー・マーラーの熱演が特に素晴らしかったと思う。
映画を見る前まで、クリンとした目がかわいらしいルーニーにエキセントリックなヒロインが演じられるのかと不安混じりだったが、メイク技術や彼女の役作りと演技力で見事にあのリスベットに変身していた。
顔自体「ソーシャル・ネットワーク」のかわいらしい女の子とはまったくの別人だったのがすごいと思う。
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原作は、第一作から三作目まで全作を通してスウェーデンでの「女性に対する不条理な偏見や暴力」というシビアな題材が扱われていて映画でも重要なファクターとして描かれている。
作者はジャーナリストで反人種差別主義者として活動していたこともあり、鋭い視点と日本の作家で言えば横溝正史の血族間の血なまぐさい歴史を交えつつ本作を完成させている。
実際、こういう問題(女性への暴力)がこの国において存在していたことを私は知らなかった。
DVDの特典映像ではこの映画に出演しているスウェーデン人であるマルティン役のステラン・スカルスガルドは「スウェーデンはそういった暗い国ではない」と否定的な意見を表明しているところも興味深かった。
主人公リスベットに対する暴力的なシーンは個人的に目を覆いたくなったのが本音だが、その後彼女が「目には目を」といった行動を取っているのはある意味救いがあったことだろう。(暴力は肯定してはならないが、幼い頃から暴力の被害者であった女の子が悲惨な状況のまま生き続けていくのには納得いかない。)
ただ、本で読むのと実際に映像で見るのとは数倍違っていることは確かだ。
裏を返せば、演出と演技力の素晴らしさの賜物だ。
小説は読む者に文章を通して「想像させる」というワンクッションがあるが、対して長い原作を限られた時間に凝縮させる映像作品は直接視覚に訴えなければならない使命がある。
「不快なシーン」「残酷な光景」を嫌悪しながらも、それを見られずにはいられない人間の本能、フェティシズムな一面は誰でも持っている。こういう人間の闇の部分が、「ドラゴン・タトゥーの女」でも浮き彫りにされている。
全編通して、やはり暗い...暗闇のシーンが多い。
そんな中でも、ブルーグレーの彩度を落としたスウェーデンの並木道や雪に覆われ、メタリックを帯びたような風景がなんとも美しい。フィンチャーという監督は暗闇に浮かぶアンバーを作品ごとに必ずと言っていいほど使って視覚的効果を煽ってくる。
「フィンチャー・アンバー」とでもいうべきか...この色が私は特に好きです。。。アンバーってオオカミの目の色なんですね。(直接関係はないけれど^^;)
あるサイトにデイヴィッド・フィンチャー作品ごとの色の効果を比較している面白い記事を発見しました。参考までにどうぞ。
Paint it Black?
A Look at David Fincher's Color Palette
�� http://www.fincherfanatic.com/paintitblack.pdf )

さらにマルティン・ヴァンゲル(ステラン・スカルスガルド)宅のドアがあく時のあの風が吹き込んでくるような音は、見るもののハラハラ感を煽るものとしてすばらしい効果をあげていたと思う。
TGWDT.jpg
スウェーデンの風景と共に、よく出て来たのがAppleのコンピュータだ。
原作でも「アルミボディのアップルPowerBookG4、1GHzモデル」などなど作者がMac愛用者であることを伺わせる記述があった。おそらくラーソンもMac使いだったのだろう…ジャーナリストになる前はグラフィック・デザイナーだったらしいし。
イギリスの貴公子で一世を風靡したあのジュリアン・サンズを久々に見られたのもちょっと嬉しかった^^
この映画鑑賞後、本国スウェーデン版の方も見てみました。先にも述べたようにミカエル役の俳優がしっくりこないのが少し残念なところ。
ストーリー
ミレニアム誌の記者ミカエルは闇の大物実業家の武器密売をスクープし、名誉毀損で訴えられ裁判で敗訴し全財産を失ってしまう。ミカエルに、別の大物実業家ヘ ンリック・ヴァンゲルから一族の謎を解明して欲しいとの依頼を受ける。見返りに名誉毀損裁判を逆転させるような証拠を渡すという。謎とは、ヘンリックが溺 愛していた少女ハリエット・ヴァンゲルが行方不明になった40年も前の事件であり、一族の誰かに殺されたという。
ミカエルはドラゴンの刺青をしたフリーの天才ハッカーであるリスベットとともに捜査を進め謎と事件を解決していき、さらに猟奇連続殺人に関わる一族の秘密を知ることになる。

キャスト
ヘンリック・ヴァンゲル     クリストファー・プラマー
マルティン・ヴァンゲル     ステラン・スカルスガルド
ディルク・フルーデ     スティーヴン・バーコフ
エリカ・ベルジェ     ロビン・ライト
ニルス・ビュルマン     ヨリック・ヴァン・ヴァーヘニンゲン
アニタ・ヴァンゲル     ジョエリー・リチャードソン
セシリア・ヴァンゲル     ジェラルディン・ジェームズ
ドラガン・アルマンスキー     ゴラン・ヴィシュニック
グスタフ・モレル警部補     ドナルド・サムター
ハンス=エリック・ヴェンネルストレム     ウルフ・フリバーグ
ホルゲル・パルムグレン     ベント・C・W・カールソン     
プレイグ     トニー・ウェイ
ハラルド・ヴァンゲル     ペル・マイヤーバーグ
ペニラ・ブルムクヴィスト     ジョセフィン・スプランド
アンナ・ニーグレン     エヴァ・フリトヨフソン     
ハリエット・ヴァンゲル     モア・ガーペンダル
若年のヘンリック・ヴァンゲル     ジュリアン・サンズ     
ビルエル・ヴァンゲル     マーティン・ジャーヴィス     
イザベラ・ヴァンゲル     インガ・ランドグレー
スタッフ・作品情報
監督     デヴィッド・フィンチャー
脚本     スティーヴン・ザイリアン
原作     スティーグ・ラーソン
製作     ソロン・スターモス、オーレ・センドベリ、スコット・ルーディン、セアン・チャフィン
公開
2011年12月20日(アメリカ)
2011年12月21日(スウェーデン)
2012年2月10日(日本)
 
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2012/06/13

それぞれの空に



毎度のことながらロードムービーが見たくてこの作品をネットで見つけ出した次第であります。
少し前にDVDで鑑賞したのだが、最初某レンタルDVDチェーン店Tで探しまくって結局置いてないという始末…よくよく調べたところこの映画、日本未公開と判明したのだ。
そりゃ、レンタルに置いてないはずだ^^;

ストーリー
偶然知り合った3人のイラク帰還兵がたどるアメリカ横断の旅を、ティム・ロビンス、レイチェル・マクアダムスら実力派キャスト共演で描いたロードムー ビー。駐留地のイラクから一時帰国することになったチーバー、コリー、TKら3人のアメリカ人兵士。アメリカに到着したものの停電によって足止めされた3 人は、一緒にレンタカーを借りてそれぞれの目的地へ向かうことに。三者三様の悩みを抱えながら、旅を続けるが……。
映画.comより)

キャスト
レイチェル・マクアダムス
ティム・ロビンス
マイケル・ペーニャ

スタッフ
監督:ニール・バーガー
製作:ブライアン・コッペルマン、デビッド・レビーン、
リック・シュウォーツ、ニール・バーガー
原題:The Lucky Ones
製作年:2008年
製作国:アメリカ

この作品を見るにあたって1つ楽しみだったのが「きみに読む物語」の可愛らしくてキラキラ輝いていた、あのレイチェル・マクアダムスが出演しているということ。
軍人という普通の女の子と少々違う難しい役をどんな風に演じているか興味津々だった。
彼女は母親と疎遠で大学で学びたいという夢を持ちながらも一人の力ではままならず入隊の道を選び、戦地で脚を負傷して帰還するコーリーという女の子をいきいきと演じている。
2人目の主人公は「ショーシャンクの空に」や「ミスティック・リバー」で素晴らしい演技を見せたティム・ロビンス。
彼は、腰を負傷し薬を手放せない不安定な退役軍人チーヴァ役。
そしてマイケル・ペーニャは、戦地で負傷した(しかも大事な部位が機能しなくなってしまう…)「自分が軍人のエリートだ」と信じきっている少々自意識過剰なTKを演じている。
空港で出会った男女が1台の車に相乗りしながら、それぞれの目的地へと向かうまでのアメリカを横断する旅の物語だ。
戦地で役目を果たし無事帰還…喜ばしくも思えるが何らかのわだかまりを抱えている3人は長期間の軍隊生活で祖国の変化に馴染めないことを旅の途中で思い知らされる。
ひと昔前なら「祖国の為に戦って来た英雄」として扱われるはずである彼らだが9.11以降、中東での戦争やそれに伴う戦費からの財政難を経てアメリカ人の意識は大きく変化していた、時代は変わっていたのだ。
チーヴァは退役し、家族と共に新しい人生を始めるはずだったが皮肉な運命に迎えられ、我が家には戻らず再び2人と合流し旅を続けることになる。
ラストに近づくにつれ、祖国のみならず家族からも忘れ去られた存在となっている三人共通の祖国への違和感や孤独感がお互いを心配し思いやる気持ちに変化していく過程が面白い。
邦題と結びつくラストシーンは何とも爽やかですっきりしつつ….
とラストの顛末を語りそうになったところで止めておこう。
レイチェル・マクアダムスに話は戻って...
軍人という役どころなのでかなり役作りに徹したのか、ハンパないムキムキぶりに少々驚いた。彼女の可愛らしい表情には惹き付けられっぱなしだったけれど^^

戦争や軍人、そして現在のアメリカという社会的テーマではあるが終始一貫しているのは旅の流れ行く景色、車中でのやりとり、そしてシーンごとに流れる軽快なテンポの音楽が合まって重苦しい雰囲気を感じさせない仕上がりになっていること。
特典映像で監督のニール・バーガーは「サイドウェイ」のような雰囲気の映画を撮りたかったと語っていたが、その目論みはしっかり成し遂げられていたわけだ。






2012/06/05

英国王のスピーチ




かなり時期外れではあるが、「英国王のスピーチ」を観た。
よい映画であると期待していたのだが
予想を裏切らない素晴らしい作品だった。

主人公であるジョージ六世(コリン・ファース)がまだヨーク公と呼ばれていた時代。
父王の代理で博覧会の閉会スピーチを行う場面からこの映画は始まる。
張り詰める空気の中行われたスピーチは惨憺たるもので周囲の者をはじめ国民達は思わず下を向いてしまう。
冒頭シーンを見ただけで思わず涙が溢れそうになった。
言葉を発するまでの長い間(ま)、時折発せられる息が漏れるような小さな音。
話を聴く側は、気まずさにどこに視線を向ければいいのか困り始める。
下を向き始める人々。
話したい言葉がなかなか出てこない当人の傷みはどれだけのものだろう。
ヨーク公がオーストラリア人の言語聴覚士、ローグ(ジェフリー・ラッシュ)に吃音を克服する訓練を受けながら幼い頃の記憶を語るシーンを見てショックを受けるとともに納得できた。
世が世ならば虐待と受け取られる厳しい教育を受けて育ってきたのだ。
幼少期にあのような仕打ちをされたら…すっかり自分の幼児期と重ね合わせ、自分までも息が苦しくなった。
「英国王のスピーチ」というタイトルだが、この物語は弟王が英国の王位に就くまでの英国王室の歴史物語ではなく、一人の人間がオーストラリア人の聴覚士の力を借りて苦悩を乗り越えるまでの過程、また2人の繋がりを描いたドラマである。
ラストでのスピーチの緊張感は観ている私までも体が固まってしまうほどだった。
あのシーンの緊迫感、空気感の描き方は素晴らしかった。
聴く者、そしてマイクまでもが敵….ただ一人、目の前にいる男ローグだけがジョージ六世の味方だった。
この山場となるラストシーンは見事なまでに観る者に感動を与えている。
全体的にゆったりと静かに流れるような音楽を巧みに使いジョージ王とローグとの激しいまでの訓練の緊迫感と時折行われるユニークなレッスンを際立たせている。
それと、ローグ家のおもにレッスンを行う部屋(診察室?)の壁に注目せずにはいられなかった。
あの壁の前にそれぞれの役者が立つ事により1枚の絵画を観ているような印象を受けたのだ。(個人的感想ではあるが)
それぞれの役者の立ち位置の配置が絶妙なまでに完璧なのだ。
余談ではあるが、このスピーチが功を奏したのかその後のジョージ六世は国民から好評価を受けたらしい。

ご存知とは思うが、この映画の主人公ジョージ六世は現女王エリザベス二世の父親である。
作品の中に幼い頃のエリザベスとマーガレットも出てくる。




また、やられた



やられた…
驟雨だ。
夕餉の食材を買って外に出るとどっと降り繁吹いていた。
このところの莫迦げた天気は、一体何なのだ…
呪いたい気持ちがムクムクと胸からアタマへと浸透していった。
車に乗り込み、ワイパーをフル稼働させながらついつい舌打ちした。
“自分は暴慢であり心が狭い”
しばらくしたら急に客観の思考に移行していた。

すぐに雨は止み、道路からもくもくと湯気が立ち昇っていた。
その道端に、ズラッと花が咲き乱れていた。
なんとも惹かれる風景だ。
私は、恥ずかしいほど花の名前を知らない。
あまり興味がないだけだ…
ただひとつだけ
紫の花だけは菖蒲だと知っていた。
濃いピンクの小ぶりな花はなんだろう
とにかく、車を道路脇に止めて三枚写真を撮った。

虹が出そうな空だった。
少しだけ待ってみたが虹は現れなかった。

2012/06/04

神様のカルテ




櫻井翔演じる地方医院の内科医栗原が、研修に行った大学病院の医師から気に入られ先進医療に携わらないかと誘いをうける。
余命幾ばくもない患者(加賀まりこ)を担当していた栗原医師。
患者であるおばあちゃんの治療中に生まれた交流を通しての医療の現場と一人の患者が亡くなるまでの過程、そして妻との穏やかな生活、同居している仲間達とのエピソードも描かれている。
写真関係の仕事をしている妻との生活、空気感が現実味に欠けていて伝わってこない、むしろ作品全体の流れを澱ませている。
また、同居人である仲間との別れの部分ももっとぐっときてもいいはずなのに、その空気感が邪魔してイマイチ入り込めなかった。
主人公の医師が夏目漱石かぶれであることで妻や友人までもがその時代の人のような世界に入り込んでいるのか、ごっこ遊びをしているのか...とにかくドラマを構成する上でリアル感にかけておかしな空気を生んでいるのだと思う。
医療の現場では治療に携わりながらも報われなくて命を救えない場合もあり、これを繰り返し経験していれば一人の患者に特別な感情移入をする医者などは現実にはいないのかもしれないが、一人一人の登場人物がしっかりと作られていればたとえ現実にないことであっても、それを観る者にこういう医師もいるのだと納得させられたかもしれない。
主人公である医師と妻との日常生活での妙な空気感がなければ、泣かせる場面でもっと感情移入できたかもしれない。
要潤演じる友人である医師や医師の妻役の宮崎あおいも熱演ではあったが残念ながら作品全体からみて役割的にいてもいなくてもよいのではないかと感じた。
どの部分から観ても中途半端になってしまっている感があるので全体的に変な空気感、人物のリアル感のなさが目立ってしまっていると思う。
余談になるが劇中のセリフにやたらと「先進医療」が出てくるから桜井くん主演なのでアフラックが絡んでるのかと連想させられた。

さっきネットのニュースで知ったばかりなのだが、「謎解きはディナーのあとで」が映画化されるらしい。
どうせおかしな空気感をだすのなら、中途半端なヒューマンドラマよりここまで抜けてたほうが爽快だよw
このドラマで嫌いな部類の女優だった北川景子さんのファンになりました。


2012/05/25

快楽を求める思考

手作りカレンダー

昨日は、毎年恒例の家庭訪問だった。
先生に相談することはだいたい決まって同じ事だ。
また、先生から言われる事も概ね同じ…

「授業中など人の話をきいているでしょうか?」(私)

「ゲームのし過ぎで、言ってもいうことをきかないのです」(私)

「視力がかなり落ちてますね」(先生)

昨年までの先生は
「ゲームについてはやることをやっていれば大丈夫じゃないですか?」
といった見解。
今年から担任になった先生は1日のゲーム時間を決めたら何か視覚に訴えるよう表などを作り
「守れた」
「守れなかった」
を残すとよいとのアドバイスを下さった。
確かに、毎日感情的に「やめろ!」と言っても説得力はないだろう。
感情論は聞き入れるにあたいしないことは、理論的でないにしても子供の思考において無意識に妥当な対応をしているということだ、雑音は避けろと…。フィルターをかけて自分がノイズと感知すれば頭に入れさせないようにしているのだ。
息子には、ゲーム時間に対応したカレンダーは作ってみたので今日から実践することにした。

ゲームやテレビに慣らされてくると楽しいとかワクワクするなどの刺激には無条件に反応するが理論的な面倒な事や、じっくり考えるといったことは無意識に撥ね付け避ける思考になってしまうようだ。
ということは努力しながらやり遂げる事に喜びを見いだす事は自然にしなくなっていく恐れがあると思う。
自分もテレビ世代なのでその傾向は大きく、自覚もしている。
しかも、途中からネットという新しい”おもちゃ”も現れた。
親が意識して考えさせたり達成感を得る為に努力する状況を作ってあげることが大事なことを自分の長い間の思考から行動までの傾向を振り返りながら昨日しみじみ実感したりもした。
子育てで自分が見えてくる事は少なくない。


いくつになっても
新たに気づき、過去を振り返り、恥じ入るということは多々あるものだ....

2012/05/20

モーターサイクル・ダイアリーズ



ストーリー

1952年、アルゼンチンのブエノスアイレスに住む医大生エルネストは、友人のアルベルト・グラナードと共に1台のバイク(ポデローサ号)にまたがり、12,000キロの南米大陸縦断旅行へ出かける。途中、南米先住民族(インディオ)や、チリの最下層の鉱山労働者、ペルーのハンセン病患者らとの出会いなど、行く手に巻き起こるさまざまな出来事を通して、南米社会の現実を思い知らされる。
映画のラストに80歳を超えたアルベルト・グラナード本人が少しだけ登場する。また、アルベルト・グラナード自身が『モーターサイクル・ダイアリーズ』の撮影に同行し撮影風景を記録したメイキング・ドキュメンタリーの『トラベリング・ウィズ・ゲバラ』(2004年) もある。
(Wiki より)

キャスト
エルネスト・ゲバラ・デ・ラ・セルナ(チェ・ゲバラ) −  ガエル・ガルシア・ベルナル
アルベルト・グラナード −  ロドリゴ・デ・ラ・セルナ
チチナ・フェレイラ −  ミア・マエストロ

スタッフ・映画情報
監督      ウォルター・サレス
脚本      ホセ・リベーラ
製作      マイケル・ノジック、エドガード・テネンバウム、カレン・テンコフ
製作総指揮      ロバート・レッドフォード、ポール・ウェブスター、レベッカ・イェルダム
音楽      グスターボ・サンタオラヤ
撮影      エリック・ゴーティエ
製作会社      Film4 Productions
配給      フォーカス・フィーチャーズ(アメリカ) 日本ヘラルド
公開      2004年5月7日(ブラジル)2004年7月29日(アルゼンチン)2004年8月27日(イギリス)
    2004年9月24日(アメリカ)2004年10月9日(日本)
興行収入      $57,642,814
原題      Diarios de motocicleta



いいなぁ~!これぞ男のロマンだ

これは偉大な革命家の伝記ではない。志しを同じくする若者がしばし併走する旅の話である...
印象的な文言で作品は始まる。
そう、革命家チェ・ゲバラではなく、彼がチェになる前の23歳の医学生だった頃に友人アルベルト・グラナードと一台のおんぼろバイクで南米を北上する過程を描いたロードムービーだ。
距離にして12,000キロ以上にも及びその上手持ちのお金もない無謀ともいえる旅だ。
信じられないがゲバラ著「モーターサイクル南米旅行日記」を元に、また細かい場面描写においては存命中のアルベルトに同行してもらい当時の逸話を聞きとりながら撮影された事実に限りなく近い作品だ。
もともと酷い喘息だったエルネストが道中何度かまるで自分の身体を自ら傷めつけるような行動をとる。
酷い発作に襲われながらもこの旅を無事に終えることができたことは偶然もあるかもしれない、しかし彼の強靭な精神力と意思の強さの成せるわざであることは大きい。
アルベルトも一見、口八丁手八丁の軽い乗りの若者に見えるが、旅を終えることだけでなく大きな夢を目指す情熱はエルネストと同じだ。

マチュピチュに辿り着く2人

途中、映画のタイトルでもあるモーターサイクル(彼らはポデローサ号と名付ける)と長旅で酷使されたため鉄くず一歩手前の状態で別れを告げヒッチハイクしながらの旅になる。
歩きの旅では、旅先での見知らぬ人との距離を近づけるだけではなく自分達が想像だにしなかった真実の南米の現状、人々の社会的不平等を知ることとなる。
炭鉱で出会った貧しい夫婦に「何のために旅をしているの?」と訊かれ思わず言葉に詰まる2人。
やむなく子供を知人に預けながら仕事探しの旅をする夫婦に自分たちの旅を道楽としか受け取ってもらえないだろうという本心があったのだろう。
特にペッシェ博士から紹介されたサンパブロのハンセン病施設では、医療の手伝いをするだけでなく病人の弊害になっている病人への差別や人間を隔てるさまざまな壁を打ち破って行く。
2人にとって施設での経験は医師としての実績だけではなく彼らの生き方を変えるほどの大きなものになる。
殊、エルネストにとってはーー。
エルネストの誕生日とお別れ会でのスピーチ、そして川を挟んで隔離された患者とお祝いするために誰も泳いで渡ったことがない川を渡る場面は後に革命家チェになっていく彼の意志の強さを連想させる印象的なシーンだ。

若い時代にしかなし得ないものがある
そして、若い魂にしか感じ得ないものがある。
エルネストが旅立つ間際、「きみがうらやましいよ」と父親がかけた言葉にこういう本音が込められていると感じた。
また、重い喘息の息子を見送る母親の気持ち…
エルネストを演じるガエル・ガルシア・ベルナルは実際のゲバラに比べ端正な顔立ちだが意思の強さを感じさせるし、何より人懐こい笑顔が魅力的です。
彼の作品で『天国の口、終りの楽園 』も観ているが、こちらもオススメのロードムービーです。(後ほど感想文UPします。)
共演のロドリゴ・デ・ラ・セルナも素晴らしいアルベルトを演じ切っていたが残念ながら彼は他の作品にはあまり出ていないようです。

チェ・ゲバラの“チェ”とはアルゼンチンで使われるスペイン語で「おい」と愛着を込めて呼び掛ける言葉。
50年以上前に故郷南米アルゼンチンを出発しチリ、ペルー、マチュピチュ、サンパブロ、カラカス、....最後にはアメリカ大陸へ渡った青年2人の旅の物語である。

一生に一度、こういう旅に出てみたいものです。
殊エリック・ゴーティエの撮影はすばらしく、ショーン・ペン監督の『イントゥ・ザ・ワイルド (2008)』にも影響を与えることになります。

2012/05/17

サイドウェイ



ロードムービーが観たくて、何か良さげな作品はないかしら…とたどり着いたのが今回観た「サイドウェイ(原題 Sideways)」です。
DVDのパッケージを観ると監督がアレクサンダー・ペイン。
パリ・ジュテーム」の18話目「14区」の監督さんです。
「14区」では中年女性が一人旅でパリを訪れた時の心のうつろいを描いていました。

サイドウェイ出演の俳優は、バージニア・マドセンしか知らなくて本編を見ていると友達のジャック役に見覚えが…。(ちょっとシュワルツェネッガーもどきな顔立ち)
視聴後調べるとスパイダーマン3のサンドマン役の人でした。
(トーマス・ヘイデン・チャーチ:代表作「ジョン・カーター」「スパイダーマン3」「幸せへのキセキ」など)

ストーリーは、一週間後に結婚を控えたジャックと作家志望のバツイチ男マイルスがワイナリー巡りとゴルフ三昧の旅に出る話。
旅の始まりの土曜から翌週日曜(ジャックの結婚式の翌日)までを追っています。
道中は一緒でも目的はバラバラ…作家志望のマイルスはワインヲタクでワインを語る事は天下一品、ジャックはCM専門の二流俳優で考える事は結婚最後にできるだけ多くの女と寝ることばかり。
マイルスは離婚した妻に未練タラタラで彼女との思い出が拭い去れず、凹んで安定剤に頼ってしまう状態。

途中、マイルスの行きつけであるワイン専門の店に立寄り出会った東洋人のステファニーとジャックが意気投合し深い関係に…
同じ店で働くステファニーの友人マヤも交えて4人でワイワイ楽しむ。
ジャックとステファニーはすっかり恋人同士気分になっているものの、ジャックが結婚を控えている事は内緒にしている。
一方マヤはマイルスに特別な想いを寄せているが今一歩踏み出せないマイルス。
マイルスは彼の作品がもしかしたら出版されるかもしれないと期待していたが、旅の途中でその話も消えてなくなってしまう。
結局、ジャックが結婚する事もバレてしまいさんざんなことになるが翌土曜日予定通り結婚式も無事終わる。
式場で会った元妻に新しい夫を紹介されたり、彼女の妊娠を知ったりでマイルスの孤独感は尚更つのる。

軽いのりでコメディタッチなストーリー。
しかしながら、ところどころにステキなセリフがちりばめられていて思わず自分の半生を投影してしまいしんみりさせられました。

「ワインに興味を持ち始めたのは前のダンナと結婚してから….学ぶに従いワインの一生というものを考えるようになった….飲み頃を越えてゆっくり下り坂に入るのも(ワインの)魅力だ」

バージニア・マドセン演じるマヤがマイルスと小説やワインを語っているシーンで、ワインを人の一生に例えたセリフです。
彼女は若い頃から美しくて好きな女優さんだけれど、年齢を経てシワが刻まれた横顔についつい惹き込まれてしまいました。それこそ熟成されたワインと同じですね。
また、マイルスがピノ・ノワール(ぶどうの種類)に一途なまでにこだわる理由を語るシーンとそのセリフ(”地球の太古の味”と表現していた)が沁みます。

そして、男同士の友情が女性と比べて「濃い」というか「重みがある」ことにちょっぴり驚いています。
作品にちなんでワインに例えれば、フルボディといったところでしょうか。
現実に全ての友情がマイルスとジャックのようではないのでしょうけど、とにかく肝心な部分で深いのです。
助けるべきところでは、見捨てないでしっかり面倒をみてあげるのですよね。
たとえ自分がさんざんな目に付き合わされ、しかも人に構っているどころの余裕がなくても...です。

人生について考えた後、エンディングでスッキリした気持ちになれるすばらしい作品でした。


2012/05/16

無題



思考には常に雑音がつきまとう。
雑音によって、本来すべきことを忘れてしまったり考えのブレが生じる。
そんなワケで前進していない割に、肉体的消耗は著しい。
雑音はネガティブな思考だ。
それを少しでも軽減するには…
効率が上がる思考ができていれば、今までもっと納得いく生き方ができたはずだ。
好奇心旺盛で刺激ばかり欲していても何の役にもたたない。

今、余計な思考をしないようにする本を読んでいる。
この手の本に興味が向いている自分がちょっと信じ難い。


ところで、さっきうちの庭でフクロウが鳴く声を聴いた。
心静かにしばらくの間その声に耳をすませていた。

2012/05/11

『ポイズン・ママ』とアダルトチルドレン



今の時代を生き抜くには感性だけでは通用しない。
忍耐力、精神力、適応力が不可欠だ…そしてもちろん健康であることも。
テレビを見、本を読んだりしながらつくづ思う。
今、この時代を背負っている、背負わされている人達がどれだけ大変か、いかに過酷であるかに最近になってようやく気がついた。
かくいう私はその大変な思いを強いられている人たちとは別な世界にうすらぼんやりと生活している。
昨夜ニュースを見ながらそんな風に感じた。

自分がテレビや本などを読み感じたことをきままにつらつら書き連ねるのはさほど大変な作業ではない。
難しいのは自分自身を語ることだ。
感情に流されず、自分自身を第三者の目で眺めることだ。
突然だが、自分の思考が実年齢より10歳、もしくはそれ以上幼いのでは?と思ったことはないでしょうか。
また
私って他の人達とどこか違う、社会生活に馴染めていない、なんだか浮いている存在なの?と感じることないでしょうか。
そう思うことがあった場合、自分と親との関係が幼い頃から今までどんな風だったかを思い出しながらよく考えてみて欲しい。
親…特に母親との関係はどうだったか。
親が子供に自分の思考を押し付け、強要し、親と子供だけの精神的密室に閉じ込め自分の理念をすり込む。
いわば洗脳である。
その理念はあくまでも親が思い込む個人的都合上での理想形であり、現実的に社会生活に通用するものではないのです。
その理想形にはめ込むために子供に家庭におけるさまざまな無意識下での虐待が繰り返されます。
虐待とはいっても一般的に考えられている殴ったりとか性的な虐待とは限りません、精神的な虐待もあります。
子供は親が望む条件に従って褒められようと必死になります。
もし一瞬何かに気付き、それが違うのじゃないかと親に伝えたとしても子供の意見などまったく聞き入れられないし、親が強いた条件が一番正しいものだと洗脳されて育ちます。
それが当の本人…虐待する側からすれば無意識に悪意なしに行なわれるからこそ恐ろしいのだと思います。
無償の愛ではなく、条件付きの愛情を子供に強要していることに全く気づかないのです。
その多くは
“子供はある時期がきたら自分の手元から巣立って行く”
ということを認められない人達です。
子供も子供の人生も自分の手中にあるという思考からきている人がほとんどなのではないでしょうか。
親は自分の子供に無償の愛を注ぎます。
しかし、このように自分の考えを強要する親たちは“無償の愛”が欠落した人たちです。
そういう親に育てられた子供たちが“自分が普通と違う”と感じられるのは親元から抜け出し、自力で生活を始めてからです。
親が作ったルールと実際の社会がどれだけ違うかを理解できるのには数年を要するのではないでしょうか。
そのギャップを少しづつ埋めて行くのにも時間がかかります。
また、こういう環境下で大人になった人達には第二の苦しみというべき、トラウマから発症するパニック障害や鬱といった疾患が待ち受けています。

アダルトチルドレンと呼ばれる人たちの多くはこういった親に育てられ、洗脳され続けた過程を辿っています。
少し前に、女優の小川真由美さんの娘さんが書いた著書を読んだ時、多少形は違ってはいても著者の経験や感情は何か自分の経験とシンクロするのを感じました。
いまだに普通に行動することなのに、臆病になります。
うまくいかないことがまずは頭に浮かびます。
なにか目に見えない得体のしれない概念が壁をつくり、 スムーズに行動できなくなります。
他人との距離感を測るのが苦手で、常に不安感で押し潰されそうになります。
ただ小川真由美さんの娘さんが自分と違うのは早くから親の周りにいる大人たちと関わり、若くして1人で生活する状況があったこと…
とても羨ましく感じました。

時々、我が子に対して自分の親がして来たことと同じ行動をしていないか常に不安感、恐怖感すら付きまといます。
子供を怒った後に、自分の言動とそれに対する子供の反応をチェックします。
我が子には
“親がいないと1人では生きて行けないんだよ”
ということは決して言いたくないし、なんでも自分の力で切り抜ける自信を付けてほしいです。

写真
さっき庭から覗いてた訪問者

2012/05/06

懐かしい映画…



昨日、今日とお天気がかなり不安定。
昨日は妹が連休中に出掛けた新潟のお土産を持ってきてくれてました。
久しぶりに妹がダンナさま(義弟)とお出掛けした時の数年分の写真などを見ながら色々と話しました。
お互い結婚して各々家庭を持つとなかなかこういう時間ってとれないもの…しかも妹はお仕事してるから尚更です。

妹を見送った後は、TSUTAYAのクーポンを使えば旧作DVDが50円で借りられるので、私だけおもいっきり借りまくりました。
帰りにスーパーでお買い物をしてるうちに土砂降られ、買い物終了後しばし雨宿り。
今日も雷雨で親戚のおばさんと電話でしゃべってるうち相手側が停電になったのか、突然電話が切れてしまったのです。
二階の窓から稲妻の写真でも撮ろうと構えてたらお目当ての稲妻は大したことがなくて、雹がバチバチと音をたてて落ちてきたりして。
「なんなんだ、この天気は…」
なんてボヤきつつTwitter眺めてたら茨城の竜巻の凄い写真!
ほんと、なんなんでしょ…今年の天気。

かなり前置きが長引いてしまいました。
今日は悪天候もあり、家に引き篭って1人二階で昨日借りたDVD観てました。
あ、昨夜寝る前は先日ブログに書いた「きみに読む物語」主演のジーナ・ローランズ若かりし頃の(…と言っても50歳くらいなのかな)「グロリア」を見直しました。
監督はジーナ・ローランズの旦那さまでジョン・カサベテス…ニック・カサベテスの父上でもあります。
リュック・ベッソンの大ヒット作「レオン」の原型がこの映画であると云われているだけにストーリーや前半の殺し屋たちがやってくるシーンでのアパートメントの薄暗い廊下の雰囲気などはそれを彷彿とさせるものがあります。
本筋に戻ります…やっぱり子供の時にみた時と今のこの時代に観るのとではかなりタイムラグがあってなんとも話の進行具合がまったりとしてるかな…それに合わせて劇中に流れる音楽もジャズっぽいサックスの音色でちょっと違和感。「レオン」の中のゲイリー・オールドマン的な強烈な悪役がいないというのも起因しているのかも知れない。
とにかく、たまに撃ち合いはあっても息を呑むという感じの緊迫感はありませんでした。
ただ、グロリアと知人のスパニッシュ系の両親に託された少年との関係はまさに 映画「レオン」の中でのレオンとマチルダのそれであり、2人の感情の変化と共にラストに繋がるあたりはじーんとさせられました。
エンディングは「レオン」がとてもやるせない雰囲気で終わるのですが…「グロリア」はちょい違います。
「レオン」はエンディングの「Shape of my hearts」がストーリーの切なさとあいまって涙を誘いますね。
ゲイリー・オールドマンがこの上ない最高の悪役を演じていてこちらも一見の価値ありです、ほんと。

余談ですが、喫煙する女性ってイマイチ好きになれないのですが、ジーナ・ローランズのようなカッコいいオトナの女性なら許せちゃいます…とはいえヒトが吸う煙草の煙は耐え難く迷惑ですが。
今日観た「モーツァルトとクジラ」という作品の感想を書くはずでしたが、こちらは別途また明日の記事にします。
(つきましてブログのタイトルも当初と変えております。あしからず…)

2012/05/03

雨の伊香保と母の味


伊香保2012

ここのところ久しく行っていない伊香保に1泊で出かけてきました。
何年ぶりだろう…
息子がまだ保育園の頃かな、いや、それよりも前かも。
それすらも記憶にないのです、残念ながら。
群馬にはちょくちょく出向いていて碓氷峠方面に行ったり、別なときにはめいめいの車で日光を通って沼田を抜けて桐生まで行き、翌日また逆行して日光に行くという…しかもGW中で渋滞にハマったりで正味12時間も車を運転し続けるという出来事もあったっけ。
連休前半はよい天気に恵まれ大量にお洗濯したり家族で自転車で走ったりと楽しかったのだがメインイベントの伊香保行きの段になって曇りから本格的に雨(涙)
結局、到着してすぐに伊香保の石段まで散歩しただけ。
酷い雨の中歩き回る意欲もさすがになかったのです。
パワースポットとして榛名神社の名前が知られているようだが、今回は榛名に登る事もなく旅館に一泊して帰りは水上をすーっと抜けて前橋もさっと素早く通り過ぎ桐生の実家に寄り道というあっさりしたルート。
実家に到着する前にランチタイムでお安く食事を済ませていたのでせっかくのソースかつ丼もお土産で持ち帰った。
今回もお義母さんの手料理を持たせていただき帰宅して美味しく食しました。
もちろん、お義母さんの手料理はおいしくて家族全員好きです
が…特にだんなさまが嬉しそうです。
やはり男性にとって「母の味」というのは格別なものらしいのです。
味わいながら、故郷のことや幼い頃の思い出が蘇ってくるのかな。
この近辺を車で走っていて道すがら「おふくろの味」云々とかの看板を目にすると
「ここの店、美味いのかな」
...うちのだんなさまはことのほか気になるらしいのです。
一度、釣りの帰りにその当時いつも気になっていた
「母ちゃんの味の○○」
というお店にふらっと立ち寄ったらしく
「あの店に寄ってみたんだけど、所詮他人(ひと)んちのかあちゃんの味だったよ」
と心なしか肩を落としていたこともありました。
以前、勤めていた会社のある男性は
「正月はやっぱり実家帰って、かあちゃんの手料理食べてのんびりしたいんだよね」
と言っていたのを聞いて、そんなものなのかなぁと思ったりしました。
私自身は、それほど母の味の記憶ってないのです。
うちの母も決して、料理を作らないひとではなかったのです。
しかし、不思議に
「母の味がなつかしい」
とか
「母の手料理を食べたい」
などとは思った事はありません。
母親に料理を習ったこともないし。

友達と野山を駆け回って遊んだことなどは懐かしくて大切にしまっておきたい、
一方で
家族との思い出は避けて通りたいです、どちらかといえば。
だんなさまと比べると「人間味に欠ける」のかしら、わたくし。


写真は、伊香保の石段です。(いわずもがなですね...)


2012/04/23

ほどほどがいいのだ



どうやら、体調の悪化はこのところの気圧が悪さしてるらしい。
ほんと、鬱陶しい。
寒くなったり、暑くなったりの変動が激しすぎて体がついていかない。
すると息子が風邪を引いたりし始める。
咳が酷くなる前に吸入はすぐにやったほうがいい、ノドの奥からヒューヒュー音がし始めるから。
身体が緊張でこわばっている方がいいか…
それとも
薬で弛緩して眠い方がいいのか。
否。
その中間が理想の状態なのはいわずもがな。
さっきの気圧に話は戻るが、月の満ち欠けも体調に大きく影響するのだ…特に女性に大きく。
先日、いつも行く医院にお薬を貰いにいって、形ばかりの診察を受けた時、院長である女医さんがめずらしく長い時間気圧やら月の満ち欠けによる体への影響を話してくれた。
しかし、医師はこちらから訊かないと薬の副作用の話はしないものだ。
血液検査をして、私のγ-GTPが標準値の三倍でも何も言わない。
薬の副作用だから。
診察の後、薬局に行くと私の前に名前を呼ばれたおじさんは山ほどの薬を受け取って8000円払っていた。
これほどの薬を呑んでいたら、副作用なのか何か別の病気の症状なのか判別がつかなくなるだろう。
いやだ、これ以上薬の種類は増やしたくない。
何か自然と楽しさがわき起こるような…正確な成分などはよくわからないがセロトニンとかアドレナリンとかドーパミンとか、そんな脳内物質を分泌する助けになる食べ物ないかな。
………
実はざっと調べて見たがないらしい。
楽しくなる行動、行為を行なうのが1番だそうな。
ただし
快楽だけを求めすぎる生活を長い間続けているとそのうち体がそれに慣れ、麻痺し腑抜けのようになってしまうので要注意だ。
私のアタマに浮かんでるイメージだと、映画で観た阿片中毒者みたいな弛緩しきった…あれ、あんな感じかな。
子供の頃からなんでも欲しい物が手に入る状況を作ってしまうのはよろしくない。
昨日、テレビを観ていて10歳の子供がニーチェの言葉を理解しているのに恐れ入ってしまった。

「好奇心に振り回されるな。人に与えられた時間は限られており、次々に新しいものに興味を持つと全て浅い理解しかできない。それよりも一つ一つの興味をより深める方ががいい…」

私もその頃にこれくらい物が解る人間だったら。
その時ふと、SMAPの木村拓哉もかなり若い頃にこれに似た言葉をテレビだか雑誌のインタビューで言ってたことを思い出したよ…
彼も凡人じゃないね、やっぱり。


2012/04/21

パリ、ジュテーム



先日の記事にてジーナ・ローランズ出演の「きみに読む物語」について私なりの感想を書き散らし的に語りました。
彼女が出演している作品にパリ、ジュテームがあります。
全18話から成るオムニバス映画で、それぞれのストーリーが全て約5分ほど。パリの実在する場所が舞台の短い作品です。
観光などで知られるような著名な場所でなく、マドレーヌ界隈とかフォブールサンドニ、14区、ペールラシェーズ墓地などなどパリに実際に住む人たちしか知らないのではないか?と思われる小さなエリア。
実際、私が聞いたことがある場所はバスチーユとかチュイルリー、カルチェラタンくらい...あ、エッフェル塔はさすがに知ってるか。
実在するパリのある区域で繰り広げられるさまざまな人間模様は時に哀しく、楽しく、愉快かつ軽快に。
そして「こんなのあり得る?いや、あるかも...」 なんて調子で、それぞれの話の中にすっかり引き込まれてしまう。
18話それぞれ違う監督さんの作品で、 正直なところその名前は数名しか知りませんでした。
この映画にクレジットされている 諏訪敦彦氏という日本人の監督さんも、Wikiで調べて初めて知りました。
その他有名どころではガス・ヴァン・サント、ジョエル&イーサン・コーエン、ウォルター・サレス、アルフォンソ・キュアロン、イザベル・コイシェなどなど…ここに挙げた名前しかピンとこなくて後から調べてみた次第。

パリというと「オシャレな街」というイメージがまず第一に浮かんできます、もちろんそういうパリも出できます。
何よりスゴいと感動したのは、5分という短い時間でそれぞれの話が完結し、続きを思わず想像してしまったりさせられるところ。
小説もそうだけれど、映画は描かれている部分から観るものがその話の続きや描かれていない部分を想像することで初めて一本の作品になるんだと私は思っているのです。


18話の中で私が特に気に入った作品は

4話目のチュイルリー(監督:ジョエル&イーサン・コーエン)スティーヴ・ブシェミのどアップの顔が笑わせてくれる、怖い目を見た旅行者のお話。
8話目のヴィクトワール広場(監督:諏訪敦彦) ジュリエット・ビノシュ、ウィレム・デフォーのイングリッシュ・ペイシェント共演コンビ。息子を想う哀しい母親のお話。ウィレム・デフォーはカウボーイの役です。(笑)
12話目のお祭り広場 (監督:オリヴァー・シュミッツ)この話が一番好きだな...泣きました。人生って出会いも別れも突然やってくることを実感しました。
14話目のマドレーヌ界隈 (監督:ヴィンチェンゾ・ナタリ)イライジャ・ウッドが女ヴァンパイアと恋に落ちるお話。最後が笑える。
そして、締めになる18話目 14区。( 監督:アレクサンダー・ペイン)パリを観光する中年の女性…確かこの女性役はマイ・ルームに端役で出てたと思ったけど…見知らぬ土地を一人で歩いているとこんな感情になってくるんだろうなって、なんだかデジャヴっぽい気持ちになるお話。
とにかく、観たあとにもっと素直に生きて行こうかななんて思えたり、自然と胸がスッとする素敵な映画です。

そうそう。
ジーナ・ローランズは17話目のカルチェラタンに出てきます。
別れた年老いた男女の寂しさが描かれています。最後のガラスに映り込むジーナの表情がこの話の全てを物語っているかに見えて相変わらずすごいなと感動させられました。

余談ですが、短編映画の延長線上に写真という表現があるのだと個人的に考えています。

嗄びた…ような



なにやらここ数日かなり嗄びたような思考回路に走っていた。
それなりに家事はするのだが、集中できない。
例えば、お茶碗を洗ってる途中で「あ、洗濯機止まってたんだった…」とか、そっちを思い立って洗濯物をカゴに引き上げ干し始めて、1/3ほど干してまたお茶碗洗いが途中だと気がついたり。
なんなのだろう。
もともと集中力がないところにここにきてことさらこんなありさまなのだ。
なぜだか、無性に菓子の自棄食いは酷いし。
幸い一日三十分のラテンダンスとボクササイズは欠かさないのが救いだ。
いよいよ、この地も桜が咲き出した。
五分咲き…んー、そこまで行ってないかな。
明日晴れればいいけど。

息子が私のiPhoneでYouTubeばかり見てる。
「日常 」の番外編みたいなHelvetica Standardの動画ばかり閲覧しては私のアカウントにログインしたままお気に入りに放り込んでるようだ。

明け方に悪夢を見るのはなぜだろう…
薬の副作用なのか 。

この年になって、大学は出ておくべきだったなと思い知らされることが多々ある。
私は大学に入ったとしても勉強などしないだろうと母親が判断したからそれに従ったのだ。
立ち向かう気力もなかったし、とりたてて何を目指しているわけでもなかった。
ただのほほんと気楽に生きていた。

2012/04/18

きみに読む物語(The Notebook)



子供の頃「グロリア」という映画のジーナ・ローランズという女優さんが自分が大人になった時の理想であり、ハイヒールを履いた綺麗な脚のおねーさんになった妄想でいっぱいでした。
ジーナ・ローランズは 「グロリア」の監督であるジョン・カサベテスの奥さんでもあります。
グロリアの頃のジーナは今にして思えば、50歳くらいだったと思う。
だいぶ前に遡った話題になりますが私の好きな「エターナル・サンシャイン」と同じくらいの時期かそれより前かな…やはり恋愛もので「きみに読む物語」という作品に至極感動しました。
この映画にジーナ・ローランズが痴呆症を患うおばあちゃん役で出演しています。
エターナル…よりももっと分かりやすくて、もしかしたら見ている途中でおおかた予想がついてしまう程シンプルなストーリーです。
それでも、自然と涙が流れるのは今の時代に(めったに…)ない愛が描かれていてストレートに胸を打つからなのか。
若い2人のひと夏の美しい恋。それと対極にある何十年も連れ添い人生の辛苦を共に分かち合った老夫婦の愛。老いてからも「愛してる」と言い、変わらぬ気持ちを妻に注ぐおじいさんの姿があまりにも感動的で映画を見た後はこんな風に人に愛され、また愛したいと思いになります。
また、約束したことを寡黙にやり遂げる男の何の迷いもない一途な姿、やり遂げることで愛も成就できるんだといい聞かせているようにも思え、心打つものがありました。
自分の子供、夫のことすら忘れてしまい快方の見込みがない母。
見兼ねて子供たちが「お父さん、家にもどってきて」と病院で付きっきりで面倒を看る父親に言った時、「ママが私の家だ」と言うセリフが素敵でした。
こういう両親のもとで育った子供達はきっと幸せでしょう。
夏のアメリカ南部が舞台でありのシーンごとの美しさも素晴らしいです。
アメリカ南部…ますますいって見たい土地No.1です。
それとラブシーンが秀逸でWikiで知ったのですが MTVムービー・アワードで「ベスト・キス」賞に選ばれたそうです。
主演のレイチェル・マクアダムスの笑顔、大きなえくぼの可愛らしさも印象に残りました。
マリリン・モンローの役も似合いそうな気がしました。
この映画では新人だった彼女も今は映画「シャーロックホームズ」などで活躍中です。

この映画の監督は、先に話題にした「グロリア」 の監督ジョン・カサベテスの息子であるニック・カサベテス。
つまり、自分の母を女優として起用しているんですね。
ちなみにジーナの娘、ゾエ・カサベテスも監督兼女優で、彼女が監督の「ブロークン・イングリッシュ」という作品にジーナが出演しています。
ゾエもジーナとは違う魅力があってなんとなしに東欧風な感じがする美人さんです。

2012/04/15

アドレナリン減退



昨日は早起きしてやるべきことはさっさとやっちゃって撮りためたドラマを観るか、借りて来たDVDを観て過ごすことに決めていた。
一昨日借りて来たDVDはロン・ハワード作品でちょっと期待したのだが取り立てて語る程のものではなかった。
タイトルも書くの面倒うなくらい。
ジェニファー・コネリーやウィノナ・ライダーとかキャストは少しばかり豪華な面子なのに。
ロン・ハワードの作品では「How the Grinch Stole Christmas」が好きだ。
毎年、クリスマス時期にこの映画をテレビで放映すべきだ…
それにしても、最近ジム・キャリーはどうしてるんだろ、新作公開に向けて忙しい日々を過ごしているのかしら…ジミに気になる。
昼には、ダンナさまが撮っておいてくれたシンディ・ローパーの日本でのLIVEを観ることにする。
一曲目の「She Bop」を聴いて、57歳という年齢に負けないパワフルさに嬉しくなって、会津風雅堂に来たら絶対行っただろうななんて思った。
ただ同時に旬を過ぎるとすっかり落ち着いてしまうことは避けて通れないんだとも、ただこれはミュージシャンに限らずすべての人に当てはまることなので仕方ないのだろう。
頭の中、体内に常にアドレナリンがみなぎっているからこそ周りの物事や音楽や絵…とにかくあらゆるものに感動したりワクワクして結果自ら聴く人の心を揺さぶるような曲を書いたりLIVEではっちゃけたりもできるのだ。 80年代の頃のシンディは、あの突拍子もない踊りやころころ変わる表情が魅力であり可愛らしかった。
今回見たLIVEでは、Time after TimeとChange of heart は大人しめにアレンジされ拍子抜けだった、シンディには申し訳ないけど。
突然、突拍子もなくWhen you were mineでもやってくれたら…という期待も実現されず幕を閉じた。
ちなみに私個人のシンディマイベストは
Time after Time
Set your heart
I drove all night
All through the night
ってところ…結局お決まりの曲かな。
後は、夕食後に笑ってはいけないの看護婦版を観て大爆笑。
面白いには違いないがダウンタウンも大御所になっちゃってて、パワーがなくなっているのも否めない。
あ、そいえば映画観てる間数年前仙台で買った小顔ローラー久々にやってた、ずっと。
床に付くまでは気分よくいれたのに、なんだったのか…眠れないわ、不安だわで終いに過呼吸になりリビングにおりて来て紙袋をあてて吸ったり吐いたりしてようやく落ち着く。
処方された眠剤もあるが、翌朝しばらく朦朧とするのがイヤなので飲まないようにしている。
明日から、また暫くは一日単位で決めた取り敢えずの目標達成に頑張ろう。

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どうやら今夜はジムノペティを聴いても眠りにつけない。
例によって
美しい音楽すらもざらついたノイズに変換され、倍の音量で他の物音と一緒になって耳の中で洪水化している。
息継ぎが上手く出来ない。
水の中でもないのに溺れそうだ。

しっかり集中するんだ。
やり方はしっかり会得してるはず。

吐く息を長く…しっかりと!


2012/04/13

今日の出来事。

写真.JPG

4月に入ってテレビ番組は各局一新され、違和感だらけだった。
ようやく変な気分にも熟れ、何事もなかったようにまた日常の時間が流れているようだ、スムーズに。 
人間、ことに日本人、中でも私が育った田舎の人々は「変化」に敏感でいつもと違う何かがぶつかると不快感を示すことが多い気がする。 
柔軟さがないからなのかと、ときどき考える。 
とにかく慣れてくれば何も問題なく過ごせる、不慣れな時点では誰でも違和感やストレスは避けて通れないものである。 
また不平不満が多いということが、ストレスを感じるそもそもの原因だ。
田舎の人々は昔から続く通例みたいなものを貫かねばならない気持ちが強いように思える。
それが美徳なのかどうかは別としても。
もちろん、自分もその中の一人である事はいわずもがなである。
 
ここに来てなにやら自分がかなり疲弊していることに気がつく事が多い。
原発派とか反原発派…
しばらく聞きたくない。
それ以上に地方局のカラ元気全開の「福島は今頑張っています」とか「絆」とか。
ほんとに耳障りな騒音で疲れる。
できることならドラマやバラエティやDVDで映画を見ていつもカラカラ笑っていたい。
テレビから流れてくる悲惨な殺人や事故のニュースを見ると異常に気が滅入る。
疲れた….

今日。
またも市内に用事。
面白いDVDを求めてTSUTAYAに立ち寄る。
DVDを二本借りてその後、本屋を眺めていた。
何を買うという目的もなかったから海外文学から始まり、最近話題の本をぱらぱらと捲ってはまたもとの位置に戻した。
「コンビニで買ってはいけない…」云々というタイトルが視界に入った。
何から何まで去年から生活が変わって来ている。
つくづく世知辛い。
息子に何かよさげな本はないかと児童文学の棚を眺めに入る。
「トンデモ…」
という背表紙が飛び込み意識下に不快感に包まれる。
瞬時に目を外す。
ネットで出始め、(そう思うが。)テレビでもこぞって使い出したトンデモ。
ゾッとするほど大嫌いだ。
幸い、最近は死語に近いと思われる。
帰りに立ち寄ったコンビニ駐車場では、強風でスカートが顔の方まで盛大に舞い上がりかなり笑えた、自笑。
帰宅後、リビングをやっつけで掃除して一息つきながら本棚から少し前に購入して読み始め中途になっていた本を取り出した。
ミュージシャンの名言集である。
読み始めてチョイスがイマイチに思えた。
殊、思い入れの深いプリンスに限っては
「今後アルバムを何十年もリリースできるくらいの曲がある」
これが名言か?!
彼だったらもっとズンとくる言葉を、しかも若い頃でなければ出てこない名言があったはずだ。
実際彼の全盛期のインタビュー記事が載っている雑誌はもれなく読みあさっていたのだ、私は…と少々腹立たしかった。

結局いくつになっても単純なのである。


2012/04/07

美容室にて



昨日、久々に美容院に行ってきた。
私は美容室というと必ず縮毛矯正するので少なくても3時間は拘束状態。
髪のダメージを少なくする為に今回もトリートメントを一緒にしてもらった。
長時間座ったままの状態のわたくしめも眠気に襲われたり、同じ姿勢での窮屈さという拷問に近い状態ですが、この作業を受け持つ側もかなり大変なものだろう。
大抵は液剤をつけたり、縮毛を伸ばす役目はアシスタントが補助でつくことが多い。
昨日は、アシスタント1人での作業だった。
(途中、別な人員も加わり2人になったが、最終的に離れてしまったのだ)
最初は、眠くてときどきまぶたが下りてしまったりで話題を探す気力もなかったがミラーの中にその作業ぶりを眺めて相変わらず大変な作業だなぁと思った。そのうち鏡を見ている客に気を使って手を動かしながら会話をふってくれた….話題はもっぱら「くせ毛」がテーマだ。
「実はボクもくせ毛なんですよ」
と手際よく液剤塗布作業している彼は言う。
この状況でのこの話題のやりとりはまさにデジャブのようだ。
眼鏡を外しているのでその輪郭しか見えない、が
彼の髪型は美容師らしくちゃんとキマっていると思われた。
「そうは見えないですね。くせ毛を活かしたヘアスタイルでいいですよね。うらやましい」
とぼんやりとしか見えてもいないのに言う。
「くせ毛を活かしたヘアスタイルができるくらいのくせ毛ならいいですね」
と半分実感がこもる、後の半分はもう長年この厄介な髪とつきあってきたから今更という気持ちだ。
「そうですよね…あまり強いと髪型が限られてきますし」
おー、先に言ってくれたか。
しかしながら、彼の接客態度は満点といってよいくらいだと感心した。
客に不快感を全く与えない。
そういえば美容師の接客態度はどんなに若くてもは十中八九しっかりしているものだ。
梅雨時がくせ毛で一番大変なことなど、お決まりの話題をした後に
「昔、私カーリーヘアにしたことがあったんですよ。もう二度とやらないかな」
と言ったら一瞬、おやっと思う間があき
「手入れが大変じゃなかったですか?」
と彼。
私の髪質でカーリーにした姿とか想像して頭の中でふいていたのかもしれない。
自分も爆笑直前の状態になってしまったのだから。
ちびまる子ちゃんで頭の中の妄想で爆笑するシーンがよく出てくるが
そのやりとり以降、私はまさにそんな感じになっていた。
しかも、真剣に吹き出しそうになってもいた。
私がその髪型にしてだいぶたってから、勤務していた会社でかわいがってもらっていた男性が
「みかりん、昔アフロヘアにしたことあったよな」
とある時からお酒が入ると必ずその話題をするようになった。
それは会話が途切れたときの場の気まずさのつなぎに必ず便利に使われている気がした。
「えー?あれはアフロじゃなくて、カーリーヘアですってば!」
それが出ると状況的に私も同じ返しをしなければならなかった、毎回だ。
一昨日、ダンナさまと結婚する前の話などになりその時
「一度、すごい失敗だった髪型があったよな…いや2回か」
と偶然に一瞬カーリーヘアの話題になっていた。
頭の中でカーリーヘアにした時代やアフロヘアと酒の肴にされた空間にワープしていたらなにやらおかしさが増して来て、笑いがどばっーとでてしまいそうだった。
脳内はすっかり笑いの洪水で溢れんばかりの状態だ。
この自分の中の如何ともしがたい状態を断ち切ろうと必死に別な話題を探して
「あ、あと挑戦したヘアスタイルで失敗したのはベリーショートですね」
などと再び自ら自虐の道をチョイスした。
驚かれる前に何か言っておこうと相手が反応する前に
「 ベリーショートは髪型っていうより頭の形も関係してきますからね~」
と再び自虐コース。
薬剤塗布、すすぎを数回繰り返し…カットしてもらい私の髪型は完成した。
合わせ鏡の中の私の後頭部は、少しイメージと違ってはいたがいつも通りに
「いいです。」
と言った。

長時間耐えたり、笑いを堪えた割には今日は久々にかなり割に合わない思いをした。

2012/04/04

息子に話しておくべき2、3の事柄

写真(6).JPG

しかし…
Wi-Fiが不通だと不便だったこと!
ブログ、写真サイトにupもできないし。
ま、こうして無事開通したのでよかった♪

息子の春休みも数日で終わり。
はっ、まだ宿題チェックしてないのだわw

早いものでもう小学校も高学年です。
学校が始まる前に、息子にはいくつか話しておきたい事があってとりあえず3つに絞ってみました。
何かしでかした時など、いつもはその時の状況でついつい注意するというより怒ってしまいます。
まだ小さい頃は、
「ごめんなさい」
と素直に謝っていましたが反抗期なのでしょう、最近は自分の怒りをぶつけてきます。
そうすると私の方もさらにカーッとなって言わなくてもいいのではないかということまでキツい言葉をぶつけてしまう。
後から、冷静になってみてあの態度はよくなかったな、なんて反省します。
その繰り返しばかり。
進級するにあたって息子に言っておくべき事柄の中の1つに、他者との関わり方をわかりやすく話そうと考えています。
今は周囲と関わる…学校の友達を始め、すぐ近くにいる人たちとしか関わっていません。
知らない人々と接したときでも、しっかりと対応できるようにまずは相手に自分の言いたい事を説明することが大事であるということをわかりやすく話したいと考えてます。
とにかく、私自身が他者との関わり方や距離感を測る事がちゃんとできていなかった…
直にいえば苦手なので自分が失敗した原因をよく考え直すいいきっかけでした。
私の親も感情的な人で一人の人間としてうまく子供と接することができていなかったともおもいます。
自分と同じ間違いは息子にはしてほしくないといつも考えています。
以前、息子には
”常に大人が正しい事をいうとは限らない、それに気がついたら「それは違うと思う」と説明できる意思と説得力を持つように”
といった内容の事は話した覚えがあります。
それをおぼえているかどうか少し不安だけれど、とにかく今日明日にでもじっくり息子と話をします。
が、ここのところずっと「日常」にハマってコミックとDVDは「日常」漬けです^^;
繰り返し繰り返しでもう参ってますorz

さて
昨日からの暴風はすごかったですね。
ようやく夕方になって静まって来たようです^^

2012/03/28

つっかかるなって!



いささかあてが外れた感がする一日だ。
詳細にいえば、まだまるまる一日は過ごしていないのではあるが。。。
なんと表したらいいのか…
今、ちょうどした表現が浮かばないけど
世界中のありとあらゆる事象が自分につっかかってくるとでも言ったらいいのだろうか。
カメラを準備して出掛けたが、ふと見回すとなんとも風景と自分の意欲がかみ合わない。
なんで、そこに杉の林があるの?
とか
ここに誰か歩いててくれたら…とか。
この辺りの家々の屋根の色や建物の並び方の凡々たること、この違和感は何なんだ?
一層薄ぼけて見える空の色、一応ファインダーを覗くがすぐにそれをやめる。
結局、相手に突っかかってるのは自分の気持ちなんぢゃないか。
そんな映画の舞台のようなステキな風景があちこちにあるはずもあるまいが。
自分が撮っている写真自体、一貫してありふれた瑣末な風景であったことを忘れるなよって。
やたらと、写真を撮りたい日もあるし、こんな日もある。
当然じゃないか。
気持ちよく、撮ってフィルムを取り出し現像してみたら何も写ってなかった虚脱感と絶望感のないまぜに押し寄せる、自分を殴り倒したいほどのイタタマレなさを最近味わったしorz
余談だけど。
そうそう毎日毎日楽しく過ごせるワケないわね。
そう思って落ち着くことにしたわ…
ある年齢からね、うん、ある年齢からよ…極々最近。

マドンナみたいな、世界を征服しつくした女性ですら「今度の曲は、最高だ」って絶賛される一方でタブロイド紙に「編みタイツ姿のお尻の衰え」のこととか書かれる訳だし、考えればいろんな人たちがその日その日不満を抱えて生きてる訳だ。

まー、マドンナのお尻の話はたまたま今朝のワイドショーで見たことを思い出しただけなんだけどね、ゴメンなさいませf^_^;)

他者と自分を比較してみること自体、よろしくない兆候なんですけどね。

2012/03/26

すばらしき哉…




久しぶりにハマったドラマだったな…
小泉今日子主演の「最後から二番目の恋」
脚本がすばらしいし、(後からホームページで知ったんだけど「無理な恋愛」の脚本家さんなのね)主演の小泉今日子演じる、仕事に燃えながらも独り身でいる現実を噛み締めながら生きる45歳のリアルな演技。そして、中井貴一と内田有紀…この二人の演技力がまたまたすばらしい。
じーん…
ずーん…
とくる台詞もあちこちに散りばめられている。
特に第一話の始めの部分に小泉演じる千明が語る現在の年齢とイマイチ折り合いがつけられない、過去に自分が思い描いていた45歳と実際その年齢になっている違和感…このくだりがとても納得いくのだ。
ドラマが回を追うごとに面白くなって
「人生も捨てたもんじゃないな。」
って改めて実感させられるそんなドラマだ。
小泉さんと中井さんの長回しの緊迫感ビシビシの長台詞のぶつかり合いがこれまたスゴいの一言、それになんとも可笑し、楽しいし哀しい!
様々な人間同士のつながりが一分のムダなく描かれている。
中でも特に泣かせてくれたセリフがある。
主人公 千明(小泉今日子 )が46歳の誕生日を迎え長倉家全員でサプライズでお祝いするシーン。
手作りケーキに46本のローソクをたて準備したがそれをなんとなしに自分へのイヤミと受け止めてしまった千明は
「23本くらいならケーキとのバランス的にちょうどほどよい本数だけどこのザマはなんですか?」
っぽい言葉を投げつける。
いつもならやり合うだろう和平(中井)が千明に 静かにこんな言葉で説明する。
「誕生日というのは、一つは生まれた日におめでとうと祝うこと、それと今まで元気で生きてこられたことをお祝いする二つの意味がある。46本のローソクはあなたが一日一日46年間、一生懸命生きてきた証しなんだから疎かにできないものなんですよ 」と。
記憶なので正確ではないがこんな意味合いのことを言うこの場面は、 観ているものがそれぞれの人生を重ね合わせてしまうと思う。
特にこのドラマの和平の弟(坂口憲二が演じる…内田有紀と双子の設定)は脳に腫瘍があり誕生日を迎えられる重みが他者とはまた違うからこそ、弟を思えばこそ出てきた言葉なのだ。
私…そしてダンナさままでじーんと来ていた。
「あれ?まま泣いてるよ!」
と息子に指摘され、若干照れるf^_^;)
きっと舞台になった江ノ電の極楽寺駅にカメラを持って出向く何某女子もいるかも…だね。
最後に今、芦田愛菜ちゃんを始め実力派の子役さんが話題だけど中井貴一の娘役の白本彩奈ちゃんが美少女で、ハーフかと思ってたがベラルーシと日本人のハーフだそうでほんと可愛いo(^▽^)o

あ、エンディングロールのモノクロ写真にもいつも惹かれてましたな。
出演者の撮影合間の素顔…みたいな。

そのうちスペシャルやらないかなぁ~

2012/03/23

Camera Talk



遠くまで見える
寒い冬に唾吐くときに
鳴り出した鐘
苛立ちさえ僕は抱きしめたいと思った
週末に間に合うように
手紙を書くつもり
午後には雪が照れくさいくらいに
ほら降るだろう…


フリッパーズ・ギター
「青春はいちどだけ」
アルバム「Camera Talk」より



私が2008年に写真を始めて
写真のブログやろうと思いついた時に
真っ先に浮かんだのが大好きなこのアルバムのジャケットだった。
それからずっと私のサイト名は変わらずデス…
今でも常にiPhoneにはフリッパーズギターのアルバムは全部網羅されてるよ。
歌詞がどの曲も秀逸だよね。

なんだか写真ブログの内容になっちゃったよねf^_^;)

2012/03/22

いいものはやっぱりいい!

写真(2).JPG

昨日、だんなさまのお昼休みにSkypeで会話してたら
「最近、あのカメラ使ってないぢゃん?」
と。。。
ん?
あのカメラ??
どのカメラ???
「シルバーと黒のフィルムのやつ」
という。
どうやらライカM3の話らしい。
「あのカメラ、カッコいいよね」
だと。
カメラとか写真にまったく興味のないだんなさまがM3をカッコいいだと!
さすがにほんものは、さまざまな人たちを惹き付けるのだわ。
その後、ついつい興奮してM3の小ネタなどを語ったりしたら返事が返ってこなくなった。
私ったら、カメラのこととなるとついつい興奮してしまって^^;
ただ単に、お昼休みが終わったからみたいなんだけどね。
5月の連休にお出かけするので今から
「いっぱいフィルム、スタンバっとけよ」
とだんなさま。
なんだか、ウキウキー
ときに
これから、現像が楽しい季節だわぁ~♪

さて、30分ピラティスやったところで軽くお掃除して出かけるか。
考えたら、わたくしピラティスって息子が生まれてすぐから始めたから、
なんだかんだ言って10年はやってるのね。
途中、ヨガの方に夢中になってお休みしてた時期もあったけれど。。。

2012/03/19

久々のフィットネス

写真(1).JPG


さて、昨日の日記に書いたように病気も全快したところで、今日からおさぼりしていた運動を再開してみることにした。
あ、最近はおうちヨガといってもSHIHOたんDVDでのヨガではなくてすっかりWiiでのヨガ、ピラティスに変化している。
ヨガマットを敷いて、両手にWiiリモコン持って….
なんと、フィットネスパーティの音符の坊や(名前あったのかしら、はて??)が言うには9日ぶりらしい。
わたくしめがまっさきにやるのはラテンダンスと決まっている。
ラテンダンスのサルサの5分間くらいのものをやって、次にサンバとくる。
いつもはラテンダンスだけで25分はやるのだけれど。
本日のダンスエクササイズ第一弾はサルサのみでやめておいた。
病み上がりで無理して、再び気管支にでも影響が出るとまずいと考えたからだ。
で、サルサの次はピラティスのウェストまわりにきく運動をやってみた。
ハンドレッドとかスパインストレッチなどだ。
とりあえず、第一部は軽~く「慣らし」という感じでおしまい。
ヨガは木のポーズのみ。
今日はさすがにコアが鈍ってたらしく、かなりグラグラきた。
後は息子か帰ってからやろうっと♪
もうちょっと温かくなって来たら、ステラ(マッカートニー)のウェアでも引っ張りだそうぞ!

今日、こちらのサイトも更新しましたのでよろしければどぞ^^
ブクログ

Derek Jarman's Garden
Derek Jarman's Garden

2012/03/18

病床読書などなど



ようやく、寝室にこもりっぱなしの日々からも解放された。
冬眠中の動物さながらに食事に一階に下りてきて食べ終わると熱を測り、薬を呑み、喉が渇くとコップ数杯の野菜ジュースをがぶ飲み…夜中3時ごろ必ず熱が上がりだし、額に熱冷ましのシートを貼ってまた寝る。
まさに同じ繰り返しを毎日毎日…
10日近くそんな地獄の日々を過ごしただろうか。
瑣末なことを考えると熱はあがるし、テレビを観ていたり何かに集中するだけで頭痛と疲労感はハンパなかった。
ダンナさまは、
「インフルエンザ、また引き返したんじゃないの?」などと恐ろしい呪いにも似た言葉を曰う、明日の天気を読むようなたわいのない会話なのだろうけれど。
そんな私とて、てっきりインフルエンザが悪化して肺炎になったのかと…十中八九間違いないと思った。この予想も我ながら穏やかなものではなかった。
昨日、ダンナさまがお休みのところで再び病院に行く予定にしていた、肺のレントゲンを撮ってもらおうと考えていた。…が金曜日の晩に突如として熱はぱたりと下がり平熱になった。
しかしながら、人間とは脆いもので10日寝込むだけでかなり凹むものなのだ。
数日お風呂に入れないだけで、自分が生活ゴミとか汚物とか…とにかく生ゴミと同等の汚れたモノ、風が吹けば吹き飛ばされてしまうような卑小な物体に成り下がったかに思えて、ふとそんな弱い自分に情けなさを感じたりとたまに自分が思っていた以上に人間臭い自分を認識すると意外に動揺するものなんだなぁなんて客観視できたりするのである。とにかく、寝たきりという状態が妄想を巨大化するのだろう 。
私は、熱が下がらず一日寝ていても節々が痛く寝るどころの穏やかな心持ちでないさなか、デレクジャーマンの著書を書棚からベッドに持ち込み読んでいた。病んでいる床でページを捲るのにはかなり分厚く重い本だ。小説の大部分にはプロスペクトコテージに移ってきたばかりの美しい庭の様子がジャーマンの生き生きとした目を通して見ることができる。庭の手入れが本当に楽しそうだ。 急に最期の9月の章まで読み飛ばしてみる。彼の病状は末期に変わっている。体重が9.5キロ落ちた後で彼の文章はなく、通例の翻訳者のあとがきになっていた。死というものはこの本の終わり方さながらなわかりやすく、こんな風に後腐れのないものなのだな…と漠然と思った。

昨日から撮りためたkyon2の連ドラ観て入り込んでる。
面白いし、エンディングに流れる撮影中の何気ないモノクロスナップがよいのよね♪

2012/03/13

釈然としない数日



久々にダウンした。
しかも、インフルエンザだ。
最初は、寒気や微熱から始まり翌日には38度台。
ダンナさまがお仕事が忙しく休めないので救急外来に連れて行ってもらい、恐れていたインフルエンザの検査を受けるも陰性とのこと。
葛根湯を処方されただけで帰宅…なんとも釈然としない。
その晩からますます熱は上がり、関節は猛烈に痛い、寒気はするで睡眠どころではないのである。
翌朝には久々に9度台にまで熱が上がった …
半日で早引きで帰ってくれたダンナさまの運転する車で別な病院を受診してみた。
一度インフルエンザの検査が陰性だった旨を伝えると今日は検査してみるかどうか訊かれた。
できるなら、あのような不快な検査を何度も受けたくはない…しかしながらインフルエンザでもないのに依然上がり続ける熱が不可解で気持ちが落ち着かない。
前日の診断から、何か別な内臓系の病気なのではないかという不安にかられてもいた。
そんなこともあり、意を決して再び受けてみることにした。
前日の総合病院での検査とやり方は一緒だが結果がでるまで今回は10分と短い、前回より20分ほど短くなっている。
またあの細長い綿棒を鼻からノド付近まで差し込まれる不快な行為に耐えつつ、ほどなく別室に通され「B型インフルエンザです」と告げられた。
この結果に、再び釈然としない気持ちになった。…昨日は陰性で丸一日たたないうちに陽性とは。
納得いかなくても、やはりほっとしてはいた。原因がはっきりしたのだから。
あとは帰りに寄った薬局で薬剤師指導のもと吸引タイプのイナビルというクスリを2個吸って終わり。
驚異の効きめで2時間ほどで7度台に熱も下がったのだ。
ダンナさまも一週間ほど前にA型に罹ったのだがさほど高熱はでなかった。
いつも風邪をひくと、高熱を出すのは私だ。
一番手がかかるのは私なのかもしれないなf^_^;)
何よりも、ダンナさまならびに息子たんには大変お世話様になりました、感謝の気持ちでいっぱいデス!

ちなみに、病床からなのでスマホからアプリ経由での初投稿です。

誤字脱字があった場合、後ほど訂正いたしまする。

2012/03/10

ヒーリングタイム

写真.JPG




昨夜から雪が降り続きかなり積もっています。
まだ、雪かきしてないのだw
午後からの方が解けるかなぁなんて。
あー、今窓の外みたらまたも降り始めてます。

さて、ここ最近ネットで芸能関係のニュースを見ると某が亡くなったとかの記事が目につきます。
最近、短命な方が多い気がします。
ストレス社会が要因なのかなと思ったりしてます。
日々忙しく過ごすことは、充実していているという意味でよいのだけれど
やはり1日30分でもまったりとして気が休まる時間は必要ですね。
女性の場合だと、スキンケアの時間などは気持ちがいいと感じてリラックスしつつできるように心がけるのもよいと思っています。
そのためには、ローションなどの化粧品はヒーリング効果の高い香りが気分を心地よくしてくれるものを選ぶのがいいですね。
私は、エスティーローダーのニュートリシャスのザクロの香りが大好きでかなり長期間使っています。(ところで今は販売しているのでしょうか?)
ただ、この香りが全ての人に心地よいかと言えばそうではありません、香水と同じで好き嫌いがあるし、コスメだとその人の肌質に合わないものがあるのでチョイスが難しいです。
自分にあったコスメに巡り会うのはかなり長い旅になると思います。
肌質をすごくいいコンディションに整えてくれたのは、やっぱりマックスファクターのSKⅡシリーズです。リーズナブルな金額とは言えないので今はマッサージクリームと美容液くらいしか使っていませんが、フルセット使えるならSKⅡシリーズはかなりオススメですね。
それと、私の場合は肌のお手入れの時間とかコーヒータイムなどにお香を炊いたりします。
ちなみにナグチャンパの香りが私は気に入っています….お香は気に入っていても買いだめはしない方がいいです^^;
湿気ちゃいますから。


JUGEMテーマ:お気に入りのスキンケア




2012/03/06

よしなし事

智恵子生家

先週中盤からダンナさまが体調を崩し、診察を受けるたところインフルエンザ。
その後、息子も鼻水やくしゃみ微熱が出ていたがすぐに回復。
今日は元気に登校している。
かくゆ(い)う私も、1、2日微熱が続いたが今朝になったら体調も元通りっぽい。
ダンナさまも最高に忙しい時期だし、自分も何かと忙しない日々。
今、熱を出したり寝込んだりできない状態なのでほんとよかった…一安心。
気力勝ちというところか(笑)

先週、夕方息子と某N○Kの子供番組を観ていたら
高村光太郎の「あどけない話」が取り上げられていた。
「智恵子抄」のあの有名な詩である。

「あ、これ高村光太郎さんて有名な人の詩だよ。去年、この詩の中に出てくる智恵子さんの二本松の実家に行って来たんだよ…まま一人で」
と教えると
「えーっ?ボクも行きたかったぁ」
などと…息子。
その時は興味なさげだったから一人で出かけたのに^^;
震災の一ヶ月前くらいだったかな。。。
(後でブログ見てみよう…前のWordpressブログだったらなくなっちゃってる可能性もorz)
その晩、お風呂の中で智恵子抄の話をした。
智恵子の生い立ちと光太郎との出会い、そして病から死に至る話を軽く端折りながらだが。
息子はめずらしく興味津々な様子。
死の直前の様子を描いた「レモン哀歌」の話をしたところ、それも「うん。うん」と相づちをうちながら熱心に聴いていた。
しかしながら話している方はすっかりうるうる来て声に詰まるテイタラク。
「まま、泣いてんの?」
とめざとく指摘された。
それと最後に
”東京にほんとうの空がないという”
の意味も話してみた…自分なりに解釈している範囲でだけど。
「東京にほんとの空がないわけじゃないんだよ、東京で生まれ育った人は故郷の空が本当の空だし…空気がきれいな田舎の空が本当の空と言うことじゃなくて。」
こういう説明も子供に分かるように説明するのはなかなか難しいものだ。
「何年か後に就職とか大学に行くのにここを離れたときにその気持ちは分かると思うよ。」
と息子に説明した。
それと、智恵子の遺した切り絵の素晴らしさも教えたところ、見てみたいと息子。
ほんとかな。。。


そんなにもあなたはレモンを待ってゐた

かなしく白くあかるい死の床で

わたしの手からとった一つのレモンを

あなたのきれいな歯ががりりと噛んだ

トパアズいろの香気が立つ

その数滴の天のものなるレモンの汁は

ぱつとあなたの意識を正常にした

あなたの青く澄んだ眼がかすかに笑ふ

わたしの手を握るあなたの力の健康さよ

あなたの咽喉に嵐はあるが

かういふ命の瀬戸ぎはに

智恵子はもとの智恵子となり

生涯の愛を一瞬にかたむけた

それからひと時
昔山巓でしたやうな深呼吸を一つして

あなたの機関はそれなり止まった

写真の前に挿した桜の花かげに

すずしく光るレモンを今日も置かう

(高村光太郎「智恵子抄」レモン哀歌 より)


レモンを一口かじって
亡くなる最後のくだりがリアルですね。
涙が出ます....



ちなみに昨年智恵子の生家を訪れたのは3月5日だったらしいデス。


JUGEMテーマ:子供
 



2012/02/23

アウトドア嫌い?

今日は息子が学校行事でプラネタリウムに見学に出かけるという。
朝からワクワク感が伝わってくる。
昨夜は、楽しみで眠れなかったそうだ。
自分にもこんなことがあったのかなぁと遠い昔を思い出してみたり。


ほとんどの子が運動会を楽しみにしていたけれど、私はいつも運動会の朝は憂鬱だった。
運動音痴で走るのがイヤだったし、異常に緊張ハンパない自分は走る前まではドキドキで気が気じゃなかった。
緊張を乗り切る事に精一杯で走る事に気が回らなかった。
ほとんどが練習よりよくない出来ということを記憶している。
それと、お昼に学校の校庭のほこりっぽいところにお弁当を広げて食べる事が何よりも嫌いだった。
なので、キャンプなども苦手で基本的にアウトドアは全般的に避けたい方。
キャンプしたことは数えるくらいしかない….が、アウトドアで一番楽しかったのが会社帰りに同じ部署の男子2人女子2人で真冬の甲子の山奥でテントを張って(もらって)、飯盒でご飯を炊いて(もらって)食べた事。
これは、何か自分が普段にはない状況下に置かれることにワクワクしたのだ。
おそらく12月か1月だったと記憶する。
見た事もないくらいに雪は積もっていた。
トイレももちろんなくて、外。
….なんと野性的なことか^^;
さすがに最初は抵抗はありましたよ、こんな自分でも。
ご飯の後は、熱いコーヒーを煎れて(もらい)おいしくいただいた後、外に出て星を眺めました。
まぁ、これが目的の一つだったのです。
翌日、私たちは服も下着もそのままでまっすぐ職場に向かったのでした。
私以外の男女は、しょっちゅうこういうことをしているらしくて雪山の経験などもあったらしいので山に行くときはくれぐれも注意してくださいね。
そういえば
車で山に行って、車の中に泊まった事もありました。
冬山で星を見た事がありますか?
とにかく言い表せないほど、この上なくきれいです。


20120223

先週からずっとお風呂でホイットニー・ヒューストンの曲ばかり歌って息子に聞かせている。
「ね?似てるでしょ??」
と息子に聞くと
「….んー、多分ね」
と微妙な返事。
一応気を遣ってくれているようだ。

写真は
この前、ハッセル持ってiPhoneアプリの露出計使ってたときに、偶然こんな写真が撮れてたのだ。
面白い!


2012/02/16

2/13放映 福島テレビ「チェルノブイリと福島」

先日、福島テレビで「チェルノブイリと福島」という番組が放映された。
数週間前から番組の宣伝も大々的に放映されていたので県内では観た人も少なくはないと思う。
数十年前に遠い別の国で起こっていた恐ろしい出来事は、あの当時の私はまったくの他人事でありニュースで流される一瞬にその国の状況をぼんやりと頭に描いてみる程度の関心しかなかった。
だいたい、福島に原子力発電所があることすらその時は分からなかった。


ただ、事故の当時に周囲の人から
「雨の日に濡れると頭が禿げるから...」
などと迷信めいた言葉に慄いて、雨の日はかならず傘をさすようになった覚えがうっすらとある….数ヶ月は続いたと思う、その後程なく元通りの生活になったのだが。
さて先日の放送の内容になるが、現在のチェルノブイリの30キロ圏内の様子、チェルノブイリ原発の現在と福島の数十年先の様子を思わず重ね合わせてしまうシーンも多々あり想いも複雑だった。
途中までは観ていた。
しかし、チェルノブイリの子供達の健康被害が語られているくだりになると息子もこの場にいるところでどうなのかと考えてしまい、この番組を観るのをやめてチャンネルを変えてしまった。
先日、息子が言った言葉を思い出したりもしたのだ。

「オレとかクラスのみんなは、20歳になったら死んじゃうだよ。」

「なんで?」
私はドキッとして訊いてみた。
「放射能をあびたからだよ」
と息子。
気になって訊いてみたら同じクラスの女の子が言っていたそうなのだ。
そう口では言っても、息子はそれが恐いといった様子ではなく、むしろしれっと口走っていた。
テレビで毎日のように原発や放射能のことが流されそれを観ていれば子供達の脳内にそれがなんらかの影響を与えるのは当然だろう。
見た目は平然としていても、どんなストレスを与えているか想像だにできない、
騒ぎすぎる故の子供への影響は認知しているつもりだ。
しかしながら、親としては今まだ放射能が生活空間に存在し、放射能が積もった土地で作られた食べ物が流通している間はしっかり子供を守ってやらなければならない。
現在、何年か後にここ福島で起きた原発事故がどのように表れるか誰も知らないのだ。
たとえ、
「あの時、ちょっと騒ぎすぎたよね」
と言われても、今は子供の精神的にストレスをかけないようにしながら守ってやらなければならないと思った。
原発事故からもうすぐ1年になろうとしている。
あの当時から徐々にではあるが事実が表沙汰になってきている今、おそらく次の段階に入ろうとしているのかとも考える。
それは人々がメディアからの情報をどう受け止め、どのように向かうかを決める時期だと思えるのだ。
小さな子供がいれば、健康被害を優先にし避難する人もいる。
またさまざまな理由でこの福島にとどまり生活を続ける人もいる。
とどまる人の中にも、
食べ物に徹底して注意する人とそうではない人
メディアで流される出来事を信じる人とそうでない人と分かれる。
あちこちで「分断」が起きているのだ。
どれもそれぞれの考え方に基づいたチョイスであり他人に同じ事を強いるものではない。

先の番組の話に再びもどり
先日の番組の中でチェルノブイリと福島「似て非なる...」とサブタイトルにあったようにあのときのチェルノブイリと福島の違いをいくつか挙げていた。
まずは放射能の中身のこと。
チェルノブイリはストロンチウムとプルトニウムが多く含まれ、対して福島はこれらの物質は少なくセシウムが中心なのだという。
また、原発から流出した放射能の量はチェルノでは520万テラベクレル、福島は48万テラベクレルだと報じていた。
(この数字が爆発当時の流出量なのか総合しての量なのかは聞き逃したが、総合した数値であれば現在進行形である今、通用はしないだろう。)
また、子供達の健康被害については当時のチェルノブイリの子供達は日常で摂取するヨウ素が著しく少なかったのだと云う。現在の日本の子供達の半分以下の摂取量であったことが、甲状腺がんが増える原因となったのだそうだ。
それと年間被爆量が年間10ミリの内部被爆が数年間続いたとのことで、情報を数年間マスコミ、政府が隠蔽していたことがこの原因であったとも伝えていた。

かなり長くなってしまったが
この番組を観てどう受け止め、どう感じ、どう行動するかも私たち次第となるだろう。


 


2012/02/15

群馬弁と相田みつを


まだ幼さの残るうちのさー坊たん


先日、ダンナさまと息子とTSUTAYAに行って本のコーナーでそれぞれ立ち読みタイム。
息子は、いつものポケモンの本などに見入り、
私も、得意の立ち読みで劇団ひとりの「陰日向に咲く」を読んでおりました。
文字が書いてある本は、ほとんど読まないダンナさまが
めずらしく文字が書いてある本を開いております。
ほんと、珍しい!
「何読んでるの?」
と訊くと
「これ!これみて!!」
と本の、或る一頁を開いて指差します。
見慣れた筆字。


”ー その時がきないと ー”
きないとなっ
ん?
これは??
群馬弁じゃないの?
「きない」とは「来(こ)ない」と書き、
意味はその字のごとくです。
群馬の義父母の会話でよく耳にする言葉です。
あれ?
相田みつをさんって群馬出身なのかな?
その本の最後の方のページに略歴が載っており「栃木県足利市出身」と書かれていました。
なるほどぉ~、隣町みたいなものだわ^^

その後、ネットで相田さんをちょこっと調べたところ、こんな言葉も見つけました。

そのままでいいがな

「...だがな」
是、まさしく群馬弁です!
いやぁ~、いいですね♪
ダンナもなんとなく親近感を憶えたようです。
足利近辺は、上州地方の方言の影響が色濃くでているみたいです。
群馬弁ってちょっと”べらんめぇ”っぽい部分もあっていいんですよね。
土佐弁も好きだけどね。
肝心な自分の故郷、福島弁は未だに好きになれません。
中途半端でアクセントがなくてセンスがない方言です、福島弁。
青森とか秋田のような完全な東北弁でもない、
周囲の地方の影響ばかりの中途半端で
話す人の「意思」が感じられない気がします。

そういえば、群馬出身の星野富弘さんと相田みつをさん
「いま出逢うふたつのいのち 星野富弘・相田みつを」
という本でコラボしているようですね。
星野さんの詩画と相田さんの書が収録されているようです。

   **********************************

今日のYAHOOニュースに載っていた品川庄司の「ブログの4つのルール」という記事を読んでしみじみ、なるほどぉ~と共感しております。

誰の悪口も書かない
愚痴を書かない
楽しかった出来事を書く
人の好きな部分を書く

これってなかなか、できそうでできなかったりするんですね。
ついついグチになってたなんてブログはしょっちゅうです。
少しずつ見習って行きたいです。

注) 当初の記事より文章の修正や加筆をしています。
 

出典
2008年3月4日 私の車ブログ「群馬弁と相田みつを」より

いま出逢うふたつのいのち 星野富弘・相田みつを

2012/02/10

心霊体験…かな

昨日のブログでもチラッと話した
これって、心霊体験なのかなー???
というお話です。
長いので時間のあるときにでも読んでみてくださいませ。

私がいつも買い物をするスーパー。
そこは私が生まれ育った小さな町にあります。
時々、幼なじみに出くわしたり、はたまた妹夫妻に出会ったり。
小学校の頃の同級生をみかけたりすることも少なくありません。
なんといってもホームタウンですから....


そこで買い物をするようになってから、小学校5年、6年と担任だったK先生もよくみかけました。
私の小学校の時分からずっとこの町を離れなかったのでしょうか....
(私が実家から以前勤めていた職場に通っていた頃も、信号待ちでK先生の車と前とか後ろになったことが何度かありました。)
お世話になった時からはかなりの時は流れているので、万が一出くわして顔を突き合わせたとしてもきっと私のことなど覚えてはいないでしょう。
なので、声を掛けたりはせずに遠くから奥様と買い物する姿をこっそり見たりしていました。
(声を掛けるほど社交的な性格でもないのもあります)
やはり白髪がかなり目立って、顔のシワも年齢相応で時の流れを感じずにはいられませんでした。
私の担任だったK先生は20代半ばでまだ教職についたばかりでした。
かなりの長身、180cmはあったでしょう。
マイペースで寡黙で不器用、そして照れ屋という印象。
私は、そんな先生らしからぬK先生がどこか人間的でなんとなしに好感は持っていました。
余談ながら、うちの母は嫌いだったようです。
「若いからいい加減だ」
と常に言っていました。
母は、常に「若い」ということはすべてにおいて未熟だと決めつけてかかっているようでした。

さて、話は現在に戻ります。
そのスーパーで今年の3月頃、
久々にK先生を見かけたのです。
そのときは珍しく奥さんと一緒ではなくて、独りでした。
白髪が印象的だった髪も、黒くて
もしかしたら染めたのかしら?
なんて勝手に想像してました。
いつもより近くで顔が見れる距離でした。
一瞬目が合った気がしたのです。
チラッと先生が私のほうを見た気がしました。
「何か話しかけられたら….」
なんて余計な心配をして目を急いでそらして、下を見て食材を物色するような振りをしてしまいました。
気がつくと先生はその場から移動したようです、すでに姿はありませんでした。
なんとなしに、そのときの先生は髪を染めただけではなく
全体の印象も以前より若返っていた感じがしたのでした。
その話題を、先日一緒に食事をした幼馴じみに話しました。
「3月くらいかな?Kを見たんだよ。そのときはひとりで買い物してたよ。」
と友達に言うと
「え?それって本当にKだったの?!」
とお友達。
私と友達は、K先生をフルネームで呼び捨てにしていました。
「そうだよ、めずらしく奥さんがいなくて...なんだか若返った気がしたんだよね。」(私)
しばらく、間を置いて友達が言いました。
「Kって、確か去年の11月だか12月だったかな...亡くなったんだよ。
新聞で見たし、私の叔父ちゃんが入院してる頃に同じ病院に入院してたって...」
と友達。
どう思い返してもK先生を見たのは今年3月くらいです。
あれは、絶対K先生だ…人違いなどではなかった。
「えー?それってやっぱり心霊体験みたいなもの?」
っと友達。
先生が亡くなった?!
未だに信じられない。
そのときから、頻繁にK先生の夢を見るようになりました。
怖がりで未だに幽霊が怖いという自分なのに、不思議と怖い気持ちがしないのです。

注) 当初の記事より文章の修正や加筆をしています。

出典
2009年7月11日 私の車ブログ「心霊体験????」より

2012/02/08

子供への過剰な想い

2012_02_08:: はじめに
この記事は、過去の車ブログを掲載したものです。
文中に、学童クラブに入所させる前だったために「お役所仕事」などと表現されておりますが実際は、先生方はとてもよく面倒をみてくださいました。
本当に感謝しております。



今週は、長かった....
息子が保育園生活を離れ、小学校の学童クラブに入った。
人によって意見に違いはあるのだが、同じ保育園に通うママさんが
”イジメなどがあるし、見てくれる人たちも所詮お役所仕事....
目を離した隙にケガしていたなんてこともよくあるみたいだからそんな所には大事なわが子は預けられない”
という。
 主人と私は、迷わずクラブに入れることに決めていた。
同じ年代の子供達と接することで、「社会性の基本となるもの」が身につくだろうと考えてそうした決断をしたのだ。
��幼少の頃、実家の母に息子を預けた結果、甘ったれになって失敗したことも理由の一つ)
そうは言っても、いざとなると心配で心配で仕方がない。

自分はかなりずぼらな性分なのだが、異常なほど心配性である。
学童クラブ初日など、仕事が手に付くどころではなかった。
昼休みにクラブに電話を入れて様子を聞いてみようとしたが、やっと思いとどまった。
会社が終わって、速攻でお迎えに行き教室を覗くとみんなと楽しそうに遊んでいる息子の姿が見えた。
知らない子が私に駆け寄り
「○○○とね、ずっとあそんでたよ!」
と既に息子を呼び捨てにしていた。
(関係ないが息子は”よびすて”を”よびすけ”という。)
ホッとして
「ありがとね、明日も遊んでね」
というとニコニコして
「うんっ!」
と元気で素直な返事が返ってきた。
今日など仕事もそこそこに速攻で迎えに行ったというのに(昨日は、最後から二番目のお迎えだったので)
「ねぇ、まま!あしたはもっと遅おむかえにして!!」
と言われてしまった。。。。
少し力が抜けるも...いいことだ!

よきかな、よき哉♪


そうそう....
留守電が入っていて
来週の入学式に息子に代表で六年生から花を受け取る役をやってもらえますか?
だって....
大丈夫なのかな^^;


写真
先日、当たった「INDY JAPAN」のチケットが届いたよ^^



注) 当初の記事より文章の修正や加筆をしています。

出典
2008年4月3日 私の車ブログ「週末がやってくるね。。。。」より

2012/02/05

潜水服は蝶の夢を見る


先日、TVのバラエティ番組のコーナーで紹介されていた一本の映画
(ご存知「王様のブランチ」です!)
一風変わったタイトルは、

潜水服は蝶の夢を見る

ここのところ事あるごとによく泣く自分だが、
久々に号泣してしまった....しかも作品の紹介だけで。
ファッション誌として有名なELLE。
かつてそのELLE誌の編集長をしていたジャン=ドミニク・ボビー氏の自伝小説の映画化である。
40代前半で、ドライブ中に脳血栓に襲われ
そのまま全身不随に陥ってしまった…動くのは左の瞼だけという絶望的状態。
そのような不自由な体を重い「潜水服」に例えたのだ。
実際は、潜水服よりもっと過酷だと思う。
自分で想像してみる、そんな状態になったときの自分を。
精神的重さのほうがおそらく、もっと計り知れないくらいだろう。
こんなことを言ってしまったらボビー氏に失礼になるかもしれないが...
一人の人間として生きる尊厳を一気に失われてしまった状態....
そんな状態の中で瞬きの合図だけで意思を伝えることに光を見出した主人公。
つまり手話を「瞬き」で行うようなものである。
或る知人に「本を出してみないか?」と勧められ
その知人と瞬きによる合図のやりとりだけで一冊の本を完成させる。
この本が今回映画化された「潜水服は蝶の夢を見る」である。

原作に感銘を受けた、「ベティ・ブルー」でも有名な
ジャン=ジャック・ベネックス監督がこの様子を独自にドキュメンタリーとして撮影していたという事実も後から知ったことである。

ぴあのサイトの紹介文に

肉体の自由がなくても、精神の自由は奪われず、
蝶のように自由に記憶し想像し、“生きる”ことはできる。と記されているように
主人公の記憶と想像で紡がれる物語は、
自由奔放に過去、現在を飛び回る。
生きる尊厳を奪われても
くじけても立ち上がり、やはり人間として生きること
自分を懸命に生きる事でそれを確認するのだと改めて実感しました。

残念なことに、全国で上映されるわけではないのですぐには観られないと思うが、
DVD化されたら必ず観たいと思う。
(後日談になるが、DVD観ました…胸が詰まる想いの中、次第に主人公ボビー氏と一体化する自分がいました)
この映画に異常に反応してしまう自分....
過去2度、親戚や親が脳梗塞になったのを目の当たりにした情景が蘇ってきてしまうからだと思う。
私事ながら....
本人はもちろん、周りの人たちの人生が一変してしまう。
半身不随になったら一旦、
今まで生きてきた自分の人生をリセットし、再び出直さなければならない。
過酷である。
昨年、脳腫瘍でこの世を去った従姉妹。
三度の手術の受け、体が不自由になっても頑張って復活してみせると頑張っていた天国の彼女に改めて敬意を表さずにいられない。
もちろん、この映画の主人公であるボビー氏にも。


注) 以前の記事より文章の修正や加筆をしています。

出典
2008年02月11日 私の車ブログ「潜水服は蝶の夢を見る......」より


DVD
潜水服は蝶の夢を見る

参考サイト
チケットぴあ

2012/02/02

指先からソーダ...不器用な人間のコミュニケイトの仕方は

指先からソーダ

今は、最近お気に入りの作家である
山崎ナオコーラさんの
「指先からソーダ」
というエッセイを読んでいる。
作品を読み進めていくうち、文体から彼女の性格がぼんやりと読み取れる。




人間っぽい...
しかし、生き方はどこか不器用そう

相手とコミュニュケイトしたいのになかなか理解してもらえない
モドカシサ
のようなもの

だけど
だけど
彼女は本当に書くのが好きで賢明に相手に
「想い」を伝えようとしている
そんな雰囲気が伝わってくるのだ、この作品は。

生身の人間とのコミニュケイトが苦手な人は、
文章として書くほうが得意な場合が多い気がする。
文章は自分の気持ちを人に伝えるまでワンクッション置くことができ、
書いている間に自分の感情を抑えることができる。
私も、面と向かって相手と話すことはどちらかというと苦手なほうだ。
話そうとすればするほど
感情が先走ってしまい、それをコントロールしなければならなくなるから。
そのコントロールが余計な方向に動いてしまい結局はうまくキモチを伝えられなくなる。
気心が知れていて、相手が心を開いてくれている場合は別。
余計なコントロール、気遣いは不要で
相手がそれをわかってくれているからだ。
そういう相手とは、聞くのが大変だろうと思うほど話を聞いてもらう。
そしてもちろん、相手の話も聞く。

話題がそれてしまった
「指先からソーダ」
の話に戻ろう。
本の帯に

”ナオコーラさんは上手に書こうとしない。
いつでも「本当のこと」を
書こうとしている。
書きあがったそれは
「結論」ではない.......”

とある。
確かに!
どこかで心を開いて話せる友達と繰り広げるとりとめのない会話だ。
そこには結論などは決してないのだ。
面白おかしく笑って、
好き勝手喋るだけ喋って
バイバイ。
なんとなしにそんな気軽さ、爽快さに似ている気がする。

”シロップをこぼした場合の処置法”
というタイトルのエッセイがある。
それを読んだときも、彼女の
男性に感じるキュートな部分
.....ツボとでもいうかな
が自分と少しだけ似ているなと感じた。


さて
また雷です。
雷が鳴ると梅雨が明ける
というけれど
この夏は何度となく雷鳴を聞き、
そのたび
「きっと梅雨明けだね」
を繰り返している自分です。

注) 以前の記事より文章の修正や加筆をしています。
出典
2009/07/27記事 私の車ブログ「指先からソーダ....不器用な人間のコミュニケイトの仕方は」より

原作本
「指先からソーダ」

2012/01/31

ブラッド・レンフロ★My Great Escape

夭折したリバー・フェニックスつながりで
若くして亡くなったブラッド・レンフロという俳優をブログで紹介していました。
(ほとんど動画での紹介が中心です)


��月に亡くなったブラッド・レンフロ。
(2008年1月15日 25歳で死亡)
薬物の過剰摂取=overdose
が原因ということで、その死にはあまり触れられていません。
私は、子役の頃の彼が好きでした。
ファンと言ってもいいほどでしたね。
自然な演技、そして彼の南部なまりがこれまたカッコいいんですよ♥
テネシー州出身ですから...
偶然にも彼の出演作
「依頼人」
「マイ・フレンド・フォエーバー」
はアメリカ南部が舞台です。
この2本は何度繰り返してみたことか。

彼は、「依頼人」でもツェッペリンに夢中な大人っぽい少年役でしたが
実際もジミー・ペイジのファンであったことは結構有名です。
彼の撮影中のこんなレアな映像を見つけました。
熱心にギターをプレイする彼です。
「マイ・フレンド・フォエーバー」の頃なので12,3歳かな?
ギターはフェンダー、ストラトですかね。


Brad Renfro plays guitar - The Cure



ついでといってはなんですが
「マイ・フレンド・フォエーバー」
(原題 The Cure)
の大好きなシーンです。
(HIVの特効薬が見つかったというニュースを聞いて、友達とその薬を求めてミシシッピーを下って小さなたびに出るところ...という1シーン)
このとき、バックに流れる曲がいいんです。
Marc CohnさんのMy Great Escapeという曲です。
Marc Cohnさんは、Walking in Memphis という曲で有名です。

The Cure - My Great Escape




出典

2008年3月11日の私の車ブログ「ブラッド・レンフロ★My Great Escape」より

映画DVD
「依頼人」


マイ・プライベート★Flying time

 - はじめに -

わたくしは、車好きであり
ダンナさまも車、そして車を走らせること好きな人種であります。
まー、結婚してから私がダンナさまに影響をうけたのだと思います。
大のホンダ好きでありまして
(なぜか2台はマツダだったりしますが^^;)
わたくしめも、2006年12月に
長年憧れていたホンダのTypeR車のオーナーになることができました。
今や、いにしえの車に数えられるシビックのEK9です。
(古くはあってもエンジンは最強のB16Bという環境には優しく
ない高回転型エンジンです。すっかりおじいちゃん化しております。)
で….ここで本題に入ります

 ここのところずいぶんおさぼり気味の車の方のブログ。
長文を書く事が好きでそれなりにその時々の想いを綴って来ました。
それらを葬り去るのも「記事を書いたときの自分に忍びないかな」
なんてずっと考えていました。
かなり手前味噌ではございますが。
そこで、自分なりにまぁまぁ面白い内容だなと思われる
車に限らず、映画や音楽の話題をチョイスして時には加筆などしながら載せてみたいと思い立ちました。
車に興味のない方も、映画や音楽の感想などがほとんどなので読んでいただける内容かと思います。
(未熟ではありますが、俳句なども詠んでいたりしますので紹介するかもしれません…)
ブログのタイトルはそのときによって、気分によって変えるかもしれません。
ではでは長くなりましたが、本日のブログです。
まずは
2008年の記事になります。

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マイ・プライベート★Flying time

一時期、自分がナルコレプシーだと思い込んでいたことがあった。
いつもいつも眠くて仕方がないし、誰かと話していて”不快感”を覚えると急にどうしようもない眠気に襲われたりする。
不快感とともに必ず眠気が襲ってくるのだ。
映画でしか見た事がないナルコレプシーだが、自分が本当にそうだったら.....
通院している病院で訊いてみようと思って、口に出そうとしたがなぜかやめることにした。
そこで一笑に付されて終わる気がしたから。
「呑んでいるお薬の副作用ですよ」
と。。。。。
ナルコレプシー。
「逃避癖」の人が都合が悪くなると居場所がなくなり眠るしか手がなくなるものなんじゃないか...
なんて勝手に思ったりしてたけど、調べてみると結局のところ
「覚醒と睡眠のリズムの兼ね合いが悪い」
ことが病気の原因のようだ。
「青年期に健全な環境でなかったこと」も要因らしい。
なんらかの抑圧を強いられることなども要因の一つかもしれない。
症状としては、極度の眠気や夢うつつ状態以外に感情の変化で「脱力発作」が起きるそう。
結果的に自分は診察を受けたわけではないけれど、そうではなかった...と思う。
常用している持病の薬の副作用とおもわれる。(あくまでも自己診断ですが)
不快感に対する症状は、逃避したかっただけかもしれない。。。。

ちなみに私が始めて「ナルコレプシー」という病気の存在を知ったのはリバー・フェニックス主演の「マイ・プライベートアイダホ」という映画から。
不思議な病気もあるものだなぁとかなり驚きだったが、実際にこの病気だったらどんなだろう。
どうやらナルコ...ではないようではあるが、夢うつつの状態で家族と話したのにそれを覚えてないという経験はしょっちゅうある..
ナルコレプシーより「健忘症」の危機感を感じる今日この頃です。

出典
2008年3月30日の私の車ブログ「マイ・プライベート★Flying time」より

映画DVD
「マイ・プライベート・アイダホ」


Wiki「マイ・プライベート・アイダホ」