My Cinema Talk World: ぼくのエリ 200歳の少女

2013/09/25

ぼくのエリ 200歳の少女

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今、巷ではニール・ジョーダン監督久々のヴァンパイア映画ビザンチウムが公開されています。
巷…巷?巷ってどこ!?
私が居住する南東北地域、近隣地域の映画館ではビザンチウム上映されてないし。
宇都宮も確か、もうすぐ終わっちゃうみたいだし…先週末から始まったばかりなのに。
何なんですか、腹立たしいっ!
そうは言えども、それだけあなたは劇場に行ってるんですか?(第三者目線!)
って言われたら、実のところ行ってないんですよ、私は。
でも、インタビュー・ウィズ・ヴァンパイアから何年待ってたことか…。
この映画だったら、私劇場行きますよ、マジで。
まー、怒ってもムダなので余計な感情を書き連ねるのはここまでにしときます。
ふぅーっ!
時に
ニール・ジョーダン監督作品のインタビュー・ウィズ・ヴァンパイアは大好きな吸血鬼映画の中の1本です。

2日前くらいかな、Twitterで“お気に入りのヴァンパイア映画”を数本挙げたんだけれど、そのベストいくつかの中の1本に
「ぼくのエリ 200歳の少女(原題 Let the Right One In)
を入れました。
この作品にとても惹かれます….私的には、「インタビュー・ウィズ…」のルイとクローディアがヴァンパイアとして何世紀も生き続けなければならない哀しみ・苦悩の部分に通じるものがあるから好きなんですね、「ぼくのエリ」は。

少しネタバレ含みます...ご注意を。


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あらすじ
ストックホルム郊外に住む12歳のオカルト好き少年オスカーは、内気で友達が居ない、いじめられっ子である。ある日、彼の家の隣にエリという名の同い年の女の子が引っ越してくる。学校に通わず、昼間は外出もしないミステリアスなエリにオスカーは恋心を抱くようになった。同じころ、町では失踪・殺人事件が相次いで発生。やがてオスカーはエリの正体が不老不死のヴァンパイアであり、一連の事件の犯人であることを知る。
(
Wikipediaより 抜粋)


作品データ
原題:スウェーデン語: Låt den rätte komma in、英語: Let the Right One In
公開:2008年 スウェーデン公開
出演:カーレ・ヘーデブラント、リーナ・レアンデション、ペール・ラグナル、ヘンリック・ダール 、カーリン・ベリ
監督:トーマス・アルフレッドソン
脚本:ヨン・アイヴィデ・リンドクヴィスト
製作:ヨン・ノードリング、カール・モリンデル



「ぼくのエリ」は12歳のヴァンパイア、エリ(リーナ・レアンデション)と人間の少年オスカー(カーレ・ヘーデブラント)が出会い、さまざまな出来事を経てお互いを受け入れ、認め合いながら果てしない旅へ出発する姿を描いた作品です。
舞台はスウェーデン。時代はブレジネフ書記長がニュースで流れているので1970年代だと思います。
最近の作品だと「ドラゴン・タトゥの女」がスウェーデンが舞台でした…雪とメタルグレーの空そこにヴァンパイアには不可欠な夜の闇、そんな風景が静寂さを際立たせております。
雪の中に透き通るような白い肌にブロンドの髪の美しい少年オスカーがまるで妖精のようなのですよね。
まさにヴァンパイア映画に不可欠な中性的、そして耽美的なエロティシズム満載のシーンがちりばめられています。
血なまぐさい部分も多々ありますが、オスカーとエリの透明感、そして余分なセリフを削った淡々とした映像で浄化されているようです。
そしてヴァンパイア=耽美的=同性愛。
まさに映画の中には所々にその気配が漂っているんです。
エリが人血を味わった後の血まみれの口でオスカーくんと唇を重ねるシーンもゾッとするほど美しい!

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もう、公開されてからだいぶ経ってメジャーになっているし、この問題点はすでに広まっている様子なので書いてしまいますね。
エリの下半身が映るときのボカシ、あれはやっちゃダメです!
内容が変わっちゃうのです、アレを見せるか見せないかで。
エリは、何度か自分の口からオスカーに対して「私は女の子じゃないから」って公言してますね。
一方、オスカーも周りの男の子たちに比べても普通の少年には見えない、(まるで堕天使のよう)彼の父親も“そちらのけ”があるような描かれ方をしていたので、遺伝なのかもしれません。
もしかしたらエリはそういうタイプの人間を自分の「連れ人(つれびと)」として選んでいるのかもしれない。
とすると、エリとともに町にやってきた老人もそうだったのでしょうね。
エリに見入られた当時その老人は、おそらくオスカーのような美しい少年だったのでしょう…10年、20年、30年と月日が流れても彼女は常に12歳のままなのに連れ人はどんどん年老いて行き「狩り」をするのもおぼつかなくなってくる。ヘマが多くなり役立たずになれば、自らの命を絶ち自分の血をエリに差し出すしか手段はなくなります。
ラスト近くのプールサイドでオスカーとエリが見つめ合う時の表情、目の美しさ。
そして最後の電車のシーン。
新たな出発、旅の始まり…
エリにとって何世紀も繰り返されて来た、そしてこれからも繰り返されていく終わりのない旅と考えてしまうと悲劇的なんですよね、このループは。
出会い、旅立ち、出会い、旅立ち...そしてまた....の繰り返し。
「連れ人」の手で、果てしない旅の物語を終わらせることも可能だと思うのです。
でも、エリが選んだ男たちはそれをすることはなかった、ここに監督がモリッシーの曲から頂いたという原題の「Let the Right One In」にこめられているものが1つの意味だけではないのかなって思うんです。
「ぼくのエリ」はアメリカでもリメイクされました、クロエ・グレーズ・モレッツ主演の「モールス」です。
こちらの作品は、セリフなども忠実に表現されているものの全く別もの、性質が違う作品に仕上がっています。
原作が持つ繊細さ、悲しさは半減しています。
クロエのヴァンパイアに豹変した姿を売りにしているためか、エリの中性的な部分もなくなっていますね。
(モールスでは、アビーという役名になっています。時代は1980年代に置き換えられています)
何世紀も生き続けて精神的には年老いたであろうあの目で語る演技は、スウェーデン版のエリの表情には負けているかも。
それにしても
そもそも邦題が、おかしいと思います…200歳だなんて全く出てこないですから。
タイトルはさておき、
この映画はヴァンパイア映画の王道的作品であり、傑作といえるでしょう。

最後に「インタビュー・ウィズ・ヴァンパイア」のニール・ジョーダンに話が戻りますが「クライング・ゲーム」も名作です!

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