My Cinema Talk World: 病床読書などなど

2012/03/18

病床読書などなど



ようやく、寝室にこもりっぱなしの日々からも解放された。
冬眠中の動物さながらに食事に一階に下りてきて食べ終わると熱を測り、薬を呑み、喉が渇くとコップ数杯の野菜ジュースをがぶ飲み…夜中3時ごろ必ず熱が上がりだし、額に熱冷ましのシートを貼ってまた寝る。
まさに同じ繰り返しを毎日毎日…
10日近くそんな地獄の日々を過ごしただろうか。
瑣末なことを考えると熱はあがるし、テレビを観ていたり何かに集中するだけで頭痛と疲労感はハンパなかった。
ダンナさまは、
「インフルエンザ、また引き返したんじゃないの?」などと恐ろしい呪いにも似た言葉を曰う、明日の天気を読むようなたわいのない会話なのだろうけれど。
そんな私とて、てっきりインフルエンザが悪化して肺炎になったのかと…十中八九間違いないと思った。この予想も我ながら穏やかなものではなかった。
昨日、ダンナさまがお休みのところで再び病院に行く予定にしていた、肺のレントゲンを撮ってもらおうと考えていた。…が金曜日の晩に突如として熱はぱたりと下がり平熱になった。
しかしながら、人間とは脆いもので10日寝込むだけでかなり凹むものなのだ。
数日お風呂に入れないだけで、自分が生活ゴミとか汚物とか…とにかく生ゴミと同等の汚れたモノ、風が吹けば吹き飛ばされてしまうような卑小な物体に成り下がったかに思えて、ふとそんな弱い自分に情けなさを感じたりとたまに自分が思っていた以上に人間臭い自分を認識すると意外に動揺するものなんだなぁなんて客観視できたりするのである。とにかく、寝たきりという状態が妄想を巨大化するのだろう 。
私は、熱が下がらず一日寝ていても節々が痛く寝るどころの穏やかな心持ちでないさなか、デレクジャーマンの著書を書棚からベッドに持ち込み読んでいた。病んでいる床でページを捲るのにはかなり分厚く重い本だ。小説の大部分にはプロスペクトコテージに移ってきたばかりの美しい庭の様子がジャーマンの生き生きとした目を通して見ることができる。庭の手入れが本当に楽しそうだ。 急に最期の9月の章まで読み飛ばしてみる。彼の病状は末期に変わっている。体重が9.5キロ落ちた後で彼の文章はなく、通例の翻訳者のあとがきになっていた。死というものはこの本の終わり方さながらなわかりやすく、こんな風に後腐れのないものなのだな…と漠然と思った。

昨日から撮りためたkyon2の連ドラ観て入り込んでる。
面白いし、エンディングに流れる撮影中の何気ないモノクロスナップがよいのよね♪