My Cinema Talk World: ぼくを葬(おく)る

2013/10/23

ぼくを葬(おく)る


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あらすじ
パリで活躍中の売れっ子フォトグラファーのロマン(メルヴィル・プポー)は、31歳の若さでガンにより余命3カ月あまりであることを宣告される。

キャスト
    ロマン・ブロシャン:メルヴィル・プポー
    ラウラ:ジャンヌ・モロー
    ジャニィ・シャロン:ヴァレリア・ブルーニ・テデスキ
    ロマンの父: ダニエル・デュヴァル
    ロマンの母 :マリー・リヴィエール
    サシャ:クリスチャン・センゲワルド
    ソフィ:ルイーズ=アン・ヒッポー
    医師:アンリ・ド・ロルム


監督      フランソワ・オゾン
脚本      フランソワ・オゾン
製作      オリヴィエ・デルボスク、マルク・ミソニエ
公開      2006年4月22日(日本公開日)フランス映画


「危険なプロット」公開中ということもあり、(私が居住している地域では公開されるはずはありません)フランソワ・オゾン監督の「ぼくを葬る」を久しぶりにじっくり見ました。
あらすじをとりあえず記載しました...転載ですが、ここまでにしました、ストーリーを紹介するとしたらこれで十分です。
あとは、この作品を見ていない方はぜひ見てほしいと思います。
メルヴィル・プポーも「夏物語」の頃は少年でしたが、この映画の頃は31、2歳でしょうか、すっかり味がある演技をする俳優さんになりました。
まずはタイトルですが
「ぼくを葬(おく)る」
葬(ほうむ)る
ではなくて
葬(おく)る
と読むのです。邦題っていつも「何、コレ?!」ってガッカリさせられるタイトルが多いものですが、このタイトルは原題よりも上と言ってもいいくらいです。
傑作だと思います、この映画にピッタリのタイトルです。

以下、ネタバレあります。未見の方はご注意ください!
【残された時間、どう選択するか】
活躍中のカメラマンが31歳にしてがんの宣告を受ける、余命は数ヶ月。
しかも手術は無理、回復するには化学療法のみと言い渡されます。
彼は、医師に一切の化学療法を受けない旨を告げます。死を待つのみです。
まず、この状況を自分に置き換えたらどう選択するかな?って考えてしまいました。
薬物治療や化学療法、抗がん剤。ロマンより治る確率が高くても亡くなっている人たちを見て来ています。
最期までベッドの上に縛り付けられたようにして治療を受けるか、痛みを我慢して自由にしながらその時を待つか。
治療を拒否すれば、ハンパない忍耐力が必要になってきます。日頃から痛さに過敏な自分に耐えられるか...でもベッドで死期をむかえるよりは ――マシ?
これぞ究極の選択だと思います。

【ロマンにとって家族、恋人そして祖母】
家族団らんも、ロマンにとっては苦痛に見えます。
特に姉のことを異常に毛嫌いしています、おそらく自分がゲイであるがために(そう、彼はゲイなのです!)健常 ―― ストレートのこと ―― な姉と何かと比較されて育ったことが原因かと思いました。
子供の頃は仲良く遊んでいた姉弟が次第に親から差別を受けるようになる。差別といってもあからさまではなく親は無意識なのです。
姉への反発のために“子供“に対しても否定的態度に出てしまう。
偽善に満ちた家族を毛嫌いするロマン。
両親も彼に接するときは腫れ物にでも触るよう。結局、家族(両親と姉)にはがんであることは告げません。
唯一、祖母(ジャンヌ・モロー)にだけは余命わずかであることを打ち明けます。
祖母とロマンの会話がしゃれていて、しかもじーんときます。
「なぜ病気のことを私にだけ打ち明けたの?」
と問う祖母に
「ぼくと同じで、あなたはもうすぐ死ぬから」と答えます。
「おばあちゃんは、僕と似ている」とも言っています。
こんなことを自分の祖母に言えるでしょうか?
日本だと孫は必ず「おばあちゃん、長生きしてね。」ですよね。
ロマンが特殊なのかもしれません。
彼はお世辞や心にもないことは言いません。
祖母と孫なのに2人は似た者同士という関係でもあり、恋人同士にも見えます。
祖母は言います。
「今夜あなたと死にたい」
と ――
ロマンが唯一死を共有した相手である祖母の心の底からの言葉。
このシーンがすごく素敵で感動しました。
ロマンは、別れ際にこれまた深い言葉を祖母に残し、写真を撮り嗚咽します。
唯一心を開いて話せる相手である祖母とひと時を過ごし、もう二度と会うことがないであろうとお互い暗黙のうちに分かり合っていたにちがいありません。
ロマンを見送った後の祖母の背中が印象に残りました。
若い頃のジャンヌ・モローの映画は何本か観ていますが、小悪魔っぽい雰囲気を持ち誰でも虜にしてしまう魅力的な女性を演じていました。
80歳を過ぎた彼女は、1人の人間を身のこなしや後ろ姿で演じ切れる素晴らしい女優さんです。
しかも、独自の美学と“女” を貫き通しています。

【子供をつくる協力をしてください!】
祖母の家に向かう途中で立ち寄ったカフェで働く女性と帰りもまた顔を合わせます。
ロマンに共感し、何かいいたそうだった女性がこの時、口を開く。
「夫は不妊症なの。だからわたしとセックスして...あなたは若いから抵抗はないでしょう」と告げる。
誰でも驚くでしょうね、いきなり1、2回会っただけの女性にそんなことを言われる ―― しかもその女性と夫の子供をつくる手助けをする。
日本ではあり得ない出来事じゃないでしょうか、おそらく。
ロマンは最初は断りました。(普通はそうですね。)
しかし、少し時間が過ぎて彼女を訪ね、協力する旨を告げます。
いよいよ、その段になってみて私はちょっと引いてしまったというか、意外な場面に遭遇した気持ちになりました。
子供をつくる行為に及ぶ時、件(くだん)の夫婦とロマンの3人で ―― だったのです。
えーっ?
ってカンジでしたが、考えればロマンはゲイなのです。
そういうシチュエーションで正しいのかこの場合。
やがて、この夫婦にも待望の子供が産まれる事になりました。
死に向かう若者、そして子供が欲しくてもできない夫婦。
出会うこともなかったであろう人たちに「子供」を通してほんの一瞬のつながりがうまれました。
お互いに顔を合わせるのは一瞬だったけれど、ロマンの血を引く子供が産まれその子が1人の人間として歩き始めるのです。ロマンがこの世からいなくなったその後も ――

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【日常を撮り続ける...】
死という題材をこれほどまでに静かに描いた作品はあまりないと思います。
カメラが淡々とロマンの日常を捉えている、そして彼もコンデジで愛おしさをこめて風景を捉える。
前半と比較して、彼の表情の変化がよくわかります。
病状は悪化し痛みが増して身体は痩せてきても、最初は険しさや悲しさしかみられなかった彼の表情に優しい微笑みがあらわれるようになります。目の表情が特に変わってきます。
おそらくおばあちゃんにあった後から徐々に。その後姉から一通の手紙を受け取り、彼女が子供と一緒に公園にいるその背後からそっと和解の電話をいれます、その時も一貫して病気の事は告げません。
痩せた身体で少しだけ姉の近くに歩みより、我が子を愛おしげに抱く姉の写真を撮ります。
それが彼のスタンスです。家族とは一定距離をとって遠くから見つめるだけで自分の死を共有はしない。
彼は医師に死を告げられた直後から日常の風景を切り取っています、カメラマンを生業(なりわい)としている彼だから無意識なのかもしれませんが、コンデジを取り出し何気ない風景を切り取っています。カメラマンから離れた平凡な構えない写真です。

【時々現れる子供の姿、そして美しいラスト】
死を身近に意識しはじめてから、ロマンは幼い頃の自分の姿をみるようになります。
嫌な思い出を、死を受け入れることで懐かしく愛おしいものとして思い出しているのでしょう。
彼の中で嫌いな人間の象徴だった「子供」が自分の死後も生き続けてくれる「生」に変化したのです。
この変化から子供に向ける彼の目がとても慈愛に満ちているように見えます。
電車の中、向かいの席で泣き出す乳飲み子に母親がそっと乳を与えるところを優しげに見ている彼。
そして、この映画の始まりはロマンの幼い頃の姿とも思える子供が、海に向かって歩いて行くシーンです。
海が、ロマンの帰る場所として描かれています。
そして、ラストはなんと表現すべきでしょうか ――
彼は、ふらふらと歩き自分の死に場所を探しているようにある海水浴場にたどり着きます。
周りは家族連れでにぎわっている中、水着になり海に入って行きます、彼の痩せた後ろ姿はオープニングシーンの痩せた少年のように見えます。
水から上がり寒さに震えながら写真を撮る、砂浜に横たわり流した一筋の涙。
美しすぎるラストシーン。ロマンの横顔がまるで山か何か砂山か、とにかく自然の風景に見えました。
「死」がこれほどまで静かに美しくそして自然に描かれているから感動するのかもしれません、そして「ぼくを葬る」のラストシーンは生まれてから見た映画の中で最高に素晴らしい。
人は誰でも独りで生まれ、独りで死んで行く、そんな言葉を思い出しました。

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ぼくを葬(おく)るのは他でもなく「ぼく」だけ、死に方をそして死ぬ場所を決めるのも自分ひとり。
こういう死に方、そしてこういう選択があるのです。
日本では、身内が葬(おく)るのが一般的。
独りで亡くなってしまった人は「不幸である」という概念があります。
身内側も、お葬式などのセレモニーで送ることで「役目を果たした」という満足感を得ています。(送られる側が幸せだったかどうかを抜きにして...です。ほとんど遺族の自己満足の世界ですね)
わたし個人のことを言ってしまえば、ひとりぼっちで死ぬのは寂しすぎる気がしています。
撮影の為に過酷なダイエットをして撮影に挑んだメルヴィル・プポー。
精神的にもかなり過酷だっただろうと思いました…がインタビューでこの精神的辛さが役作りに活かせたと語ってたのが印象的でした。


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