My Cinema Talk World: ラブリーボーン

2013/10/18

ラブリーボーン

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JUGEMテーマ:映画




ラブリー・ボーン。
2010年に日本で公開された映画です。
シアーシャ・ローナンの名前を日本に広めた作品と言えますね。
例によって劇場には出向かずDVDで見ました。

私、自分で気になっていて見たいと思う作品でも映画レビューのサイトなどであらかじめどんな評価を受けているのか眺めてから見ることが多いです。
何より他の人との感じ方の違い….自分が観た後でどう違っているかを知るのが面白い。たまには評価通りの時もあるし…とにかく人それぞれの好みで感想も違ってきます。
ちなみに「ラブリー・ボーン」は、意外にも”暗い映画だ”、”最後がスッキリしない”といった感想が多数あって評価の点数も低かったです。(5点満点で3点くらいの評価でした)
私は、不思議に暗い映画という感想は始めから終りまで一度も感じませんでした。
むしろラストは、微笑ましくさえ感じました。

あらすじ
スージー・サーモン(シアーシャ・ローナン)は、14歳。父(マーク・ウォールバーグ)と母(レイチェル・ワイズ)に愛され自由で楽しい毎日を過ごしていた。あこがれの男の子レイ・シンとデートの約束をして別れた学校の帰り道...トウモロコシ畑である者に襲われ、殺されてしまう。そしてスージーの魂は肉体から抜け出し地上と天国の間の場所にたどり着く。父は犯人探しに明け暮れ、母親は娘を守れなかった罪悪感と身内の死に向き合えなく苦しむ日々。いつしか家族の心は離ればなれになっていく。そんな家族の姿を見守りながらスージー自身も悲しい想いをしていた。
作品情報
ラブリーボーン(原題:The Lovely Bones)
監督      ピーター・ジャクソン
脚本      フラン・ウォルシュ、フィリッパ・ボウエン、ピーター・ジャクソン
製作      キャロリン・カニンガム、フラン・ウォルシュ、ピーター・ジャクソン、エイメ・ペロンネ
出演
スージー・サーモン:シアーシャ・ローナン
ジャック・サーモン(スージーの父):マーク・ウォールバーグ
アビゲイル・サーモン(スージーの母):レイチェル・ワイズ
リンジー・サーモン(スージーの妹):ローズ・マクアイヴァー
バックリー・サーモン(スージーの弟):クリスチャン・アシュデール
リン(祖母):スーザン・サランドン
ジョージ・ハーヴイ:スタンリー・トゥッチ
レン・フェナマン(刑事):マイケル・インペリオリ
レイ・シン(スージーの初恋の相手):リース・リッチー
ルース:コナー:キャロリン・ダンド

公開日
2010年1月29日 日本公開
男女が恋におちて結ばれ、やがて子供が生まれる。
恋愛を介して繋がり生まれくる新しい生命、そこから「家族」というまた新たな結びつきが生まれます。
家族の繋がりは一瞬でできるものではなく、長い年月をかけて子供を守り育て、さまざまな経験を経ながら親として成長していきます。
この映画の中でも子を持つ以前、恋人として過ごしていた時間...インテリっぽいスージーの母親(レイチェル・ワイズ)は当時ベッドの上でカミュの小説を読んでいました。
時が流れ子供が生まれ、それでもアツアツぶり全開の2人…ただ彼女が手にしている本はいつしか「育児書」に変わり、ベッドのサイドテーブルには愛娘の写真が飾られています。
そんな風に少しづつ気がつかないうちに変化し、「家族」が築かれていく。
サーモン一家を見て、無意識に自分に置き換えて見てしまう自分に気がいました。
映画の中の家族に自分と自分の家族を重ねてしまうのだから、涙腺は早くも緩んでしまうことになりますね、やっぱり。。。
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【スージー・サーモン。14歳の女の子】
冒頭でスージーがまだ3歳くらいの頃、スノードームの中のペンギンを見て「ひとりぼっちでかわいそう」と涙するシーンがあります。
彼女の父親(マーク・ウォールバーグ)は「大丈夫、ペンギンは毎日幸せなんだよ。パーフェクトな世界にいるから、寂しくないんだ」と諭します、素敵なシーンです。
スノードームの中のペンギンがスージーであり、スノードームが「天国」ですね。
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シアーシャ・ローナン演じるスージーが愛らしく、可愛らしくて、家族想いで、機転が利いていて、とにかくなんと表現すればよいか...幸せを象徴する存在、幸せそのものなのです。
誕生日に買ってもらったフィルムカメラで目に映るもの全部撮りまくり、あっという間にフィルムがなくなってしまう…カメラを趣味にしている方なら特に納得できるはず。
14歳といえば、そろそろ恋するお年頃...スージーにもあこがれの男の子が現れます。
ラッキーなことに、相手の男の子レイ・シンも、スージーに恋心を寄せています。
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彼とデートの約束をして足取りも軽く家路につくスージーに思いもよらぬ不運が襲いかかってきます。
好奇心おう盛なスージーは、家に帰宅することも憧れのレイとデートすること、そして青春を謳歌することも叶わなくなってしまいました。
殺(あや)めた人間は、始めからスージーが普通の平凡な女の子と違う部分に気がついてそこにうまくつけ込んだと思います。
【スージーの死、幸せだった家族が変化していく】
幸せな家庭に親の愛情を受けて生まれ育った女の子は、きっと自分も同じような家庭が築くことができたはず...それも叶わぬままになってしまう無念さ。
スージーは14歳でこの世界からいなくなってしまいました、恋やさまざまな人生経験もしないうちに。
「残酷な犯罪者を捕まえてもっともっと苦しみを味わわせてやりたい。」
ここまで見てこういう親目線になってくるのは私だけではないと思います。
TVで殺人事件のニュースを見る度に親御さんの気持ちを思うと「殺人者にも同じ苦しみを与えたい」と感じる人は多いはずです。この作品もそういう感情でいっぱいになります。
殺人事件の犠牲者の家族の気持ちは計り知れないもの。スージーの父親は夜も眠れないほどに娘を想い、何としてでも自分の手で彼女を殺した犯人を捕まえることで頭がいっぱい。子供に向ける父親と母親の愛情は実は違っています。
母親は子供を自分の血肉の一部のような感情を、父親はそれよりは少し一歩引いて見守るような深い愛情を持っています。
��専門用語を用いたような学術的な巧い説明ができませんが…すみません)
自分の血肉の一部である娘を失ったスージーの母親は彼女の死と向き合う事ができません、スージーの思い出がいっぱいの部屋も入らない...無意識に避けてしまいます。義母のリン(スーザン・サランドン)ともぶつかるようになり、とうとう家を出てしまいます。
【地上と天国の間の場所】
しばらく地上をさまよっている家族や殺人者を見ている間、スージーは最初自分が殺害されてこの世の者でなくなっていることにも気づきいていないようでした。
気がついたのは、普通の人が見えない何かが見える不思議な能力を持つ女の子ルース・コナーだけ。
映画から少し離れますが、天国の手前にある場所という概念が私にはなかったので少し衝撃でした。
かといって、そういう場所が存在するか天国がどんな場所かは誰も知らないことなので、ピーター・ジャクソン監督の1つの提案として受け止めて見るとよいと思います。
天国と地上の狭間の場所から、家族の様子を見ているスージーがかわいそうですっかり、スージーに感情移入してしまい涙が止まらなくてティッシュの箱を片手に見ていましたね。
特にバックリー(スージーの弟)が「昨夜、ボクの部屋にスージーが来てキスして行ったんだ」というシーンとか天国にそっくりな絵を描いて指差しながら「スージーは今、ここにいるんだよ」というシーンはもうボロボロ状態でした。
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スージーの父親も、天国に行く手前の世界にいるスージーをとても近くに感じていました。さまざまな登場人物に感情移入しつつ、その人たちの目線で見てしまう...そういう風に意図して創られていると思いました。
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【そして、スージーがやり残したこととは】
スージーの父親は、犯人の目星をつけ彼を捕まえようと大胆な行動に出ますが、その想いもむなしく瀕死の重症を負ってしまいます。それを見ていたスージーの悲しそうな表情...胸が締め付けられました。
スージーの妹も果敢に犯人を捕まえようと危険な行為にでます。
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失敗しても何度も何度も立ち向かう家族の姿は、スージーが生前父親に教わった教えそのもの「失敗したら最初からやり直す、そしてやり遂げるまで頑張る。それは人として当然のことだよ」という言葉でしっかり繋がって実行されているのです。
ネタバレになってしまいますが、妹の勇敢な行動で犯行を証明する証拠も手に入れることができますが最終的にはなんと犯人に逃げられてしまいます。遺体も見つからないままに終わってしまう、この部分こそが映画に対する賛否両論...むしろ否定派が多い原因であると思います。
私も最初は「犯人を捕まえて苦しみを与えてやりたい派」でした。
でも、途中でスージーの考え方が変わったことで気がつきました。
彼女は、父親が犯人を捕まえる為に瀕死の重症を負う場面を悲しい表情でじっと見守っていました。そして「パパを自由にしてあげたい」と心から願いました。もし、犯人が捕まりスージーの遺体の場所が判明してそれを目にした時、家族はどのようなことになるでしょう。再び憎しみの炎が燃え上がり、犯人を死刑台におくる為の裁判に何十年という月日を費やすことになる、その間はスージーの死や変わり果てた姿の彼女から離れる事は出来なくなるでしょう。家族全員が呪縛から離れられないまま人生の大半を過ごす事になるのです。
それを回避するよう仕向けたのは、他でもないスージー自身でした。
スージーがなんとしてでもやり遂げたいことは「犯人を自分と同じ苦しみを与えること」ではなく、なんとも可愛らしい14歳の女の子っぽいことでした。それを遂行した後の彼女の表情がとても可愛らしくて。
こればかりですが....けなげさ、一途さに一気に泣けました。
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【復讐の物語を描いているのではありません】
「ラブリー・ボーン」は14歳の女の子が殺されてしまい、その後家族が力を合わせて復讐するという単純な物語ではないことが最後のシーンで理解できます。
冒頭と同じセリフが繰り返されます...私の名前はスージー・サーモン...お魚みたいな名前でしょ?...
ふっとそよ風が吹いて誰かの頬に触れ、一瞬のうちに去って行くような軽やかな空気が満ちています。
スージーが地上と天国の間の場所で地上での悲惨な出来事や家族を見ながら悲しみ苦しみ、やがて何かを悟り穏やかな気持ちで本当の天国へと旅立っていきます。
「殺人」というディテールが盛り込まれているので、否応にも殺伐とした印象を受けますが、実はおとぎ話なのだと私は受け止めました。
いろいろな意味で泣けました。
死んだ後も、こんな風に家族と触れ合っていられたら素敵...
天国がこの映画のようにパーフェクトな場所だったら逝くのも恐くないかな..
と不思議なやすらぎを貰いました。
ちなみに私の描く理想の天国...ラブリー・ボーンに出てくる風景に限りなく近くてBGMにエンヤの「May it be」が流れているような、そんなカンジであってほしいですわ。
ただこの映画、残念なことがひとつあります。エンドロールで流れる音楽がよくないのです。感動しながらラストを迎えてそこで突然その感動が止まってしまうような音楽が入りエンドロール。
こんなにも感動しながら、エンディングに涙も止まってしまうような経験ってあまりないので少し驚きました。
エンディングに流れる音楽はとても大事ですよ、しっかりチョイスしてくださいませ~って心底思いました。
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スージーの父親役は当初、ライアン・ゴスリングが演じる予定だったらしいです...ライアンも好きですがマーク・ウォールバーグがまさに適役だった、彼はジャック・サーモン(=スージーの父)になり切っていました。
最後に、映画の原作本(アリス・シーボルド著「The Lovely Bones」)は読まない方がいいかな...って思いました。なんだかスージーの死体のことなどが生々しく書かれているような気がして映画の見方が変わるような気がするんですよね。(気が変わるかもしれないですが^^;)あくまでも、私の私見です。
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そして、シアーシャ・ローナン。
すっかり成長して美しいですね。
「ビザンチウム」見ていないので、早く見たいですわ。。。
きっと、またDVDになってしまうと思いますが
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