My Cinema Talk World: 『ポイズン・ママ』とアダルトチルドレン

2012/05/11

『ポイズン・ママ』とアダルトチルドレン



今の時代を生き抜くには感性だけでは通用しない。
忍耐力、精神力、適応力が不可欠だ…そしてもちろん健康であることも。
テレビを見、本を読んだりしながらつくづ思う。
今、この時代を背負っている、背負わされている人達がどれだけ大変か、いかに過酷であるかに最近になってようやく気がついた。
かくいう私はその大変な思いを強いられている人たちとは別な世界にうすらぼんやりと生活している。
昨夜ニュースを見ながらそんな風に感じた。

自分がテレビや本などを読み感じたことをきままにつらつら書き連ねるのはさほど大変な作業ではない。
難しいのは自分自身を語ることだ。
感情に流されず、自分自身を第三者の目で眺めることだ。
突然だが、自分の思考が実年齢より10歳、もしくはそれ以上幼いのでは?と思ったことはないでしょうか。
また
私って他の人達とどこか違う、社会生活に馴染めていない、なんだか浮いている存在なの?と感じることないでしょうか。
そう思うことがあった場合、自分と親との関係が幼い頃から今までどんな風だったかを思い出しながらよく考えてみて欲しい。
親…特に母親との関係はどうだったか。
親が子供に自分の思考を押し付け、強要し、親と子供だけの精神的密室に閉じ込め自分の理念をすり込む。
いわば洗脳である。
その理念はあくまでも親が思い込む個人的都合上での理想形であり、現実的に社会生活に通用するものではないのです。
その理想形にはめ込むために子供に家庭におけるさまざまな無意識下での虐待が繰り返されます。
虐待とはいっても一般的に考えられている殴ったりとか性的な虐待とは限りません、精神的な虐待もあります。
子供は親が望む条件に従って褒められようと必死になります。
もし一瞬何かに気付き、それが違うのじゃないかと親に伝えたとしても子供の意見などまったく聞き入れられないし、親が強いた条件が一番正しいものだと洗脳されて育ちます。
それが当の本人…虐待する側からすれば無意識に悪意なしに行なわれるからこそ恐ろしいのだと思います。
無償の愛ではなく、条件付きの愛情を子供に強要していることに全く気づかないのです。
その多くは
“子供はある時期がきたら自分の手元から巣立って行く”
ということを認められない人達です。
子供も子供の人生も自分の手中にあるという思考からきている人がほとんどなのではないでしょうか。
親は自分の子供に無償の愛を注ぎます。
しかし、このように自分の考えを強要する親たちは“無償の愛”が欠落した人たちです。
そういう親に育てられた子供たちが“自分が普通と違う”と感じられるのは親元から抜け出し、自力で生活を始めてからです。
親が作ったルールと実際の社会がどれだけ違うかを理解できるのには数年を要するのではないでしょうか。
そのギャップを少しづつ埋めて行くのにも時間がかかります。
また、こういう環境下で大人になった人達には第二の苦しみというべき、トラウマから発症するパニック障害や鬱といった疾患が待ち受けています。

アダルトチルドレンと呼ばれる人たちの多くはこういった親に育てられ、洗脳され続けた過程を辿っています。
少し前に、女優の小川真由美さんの娘さんが書いた著書を読んだ時、多少形は違ってはいても著者の経験や感情は何か自分の経験とシンクロするのを感じました。
いまだに普通に行動することなのに、臆病になります。
うまくいかないことがまずは頭に浮かびます。
なにか目に見えない得体のしれない概念が壁をつくり、 スムーズに行動できなくなります。
他人との距離感を測るのが苦手で、常に不安感で押し潰されそうになります。
ただ小川真由美さんの娘さんが自分と違うのは早くから親の周りにいる大人たちと関わり、若くして1人で生活する状況があったこと…
とても羨ましく感じました。

時々、我が子に対して自分の親がして来たことと同じ行動をしていないか常に不安感、恐怖感すら付きまといます。
子供を怒った後に、自分の言動とそれに対する子供の反応をチェックします。
我が子には
“親がいないと1人では生きて行けないんだよ”
ということは決して言いたくないし、なんでも自分の力で切り抜ける自信を付けてほしいです。

写真
さっき庭から覗いてた訪問者