2014/01/24

「BULLY」 ー なぜ、いじめっ子は殺されたのか?


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先日、テレビで今は亡きブラッド・レンフロの「依頼人」が放映されていました。まだ、子役デビューしたばかりの彼が利発で大人っぽい子供をいきいきと演じていましたが、それからから7年後。堂々とした彼はすっかり鳴りをひそめ、そこには暴力的な友達にいつもオドオドしている青年マーティがいました。
そういえば同じく2001年のレンフロの作品で「ゴーストワールド」でも女の子2人に挟まれるちょっと気の弱い少年を演じていました。堂々としていた子供時代から何が彼の中で変わって行ったのでしょうね…私生活でもね。
「Bully」はハーモニー・コリンが脚本を書いた「Kids」の監督 ラリー・クラークがメガホンをとっています。
この監督さんがこれまたくせ者で、(ハーモニー・コリンもそうですが)未成年のドラッグ、バイオレンス、セックスなどを描いた作品を得意としています。彼も若い頃にドラッグ漬けだったので自分の経験なども入っているのかもしれませんね。

ストーリー

成績優秀な高校生であるボビー(ニック・スタール)と高校中退の落ちこぼれマーティー(ブラッド・レンフロ)は、同じバイト先で働く幼馴染だが、ボビーはマーティに支配的な態度を取り、暴言を浴びせ暴力を振るうこともしばしばだった。そんな時ボビーとマーティはアリとリサという少女に誘われ、ボビーはアリと、マーティはリサと交際を始める。しかしボビーは二人にも暴力的な態度を取り、アリとリサを犯す。徐々にボビーへの憎しみが彼らの中に渦巻いていき、マーティの「殺すしかない」という一言からボビーの殺害を計画する。やがてアリの知り合いであるドニーとヘザー、リサのいとこであるデレク、不良グループのリーダーで、マフィアの殺し屋を自称するカーフマンを巻き込み、凄惨な殺害計画が実行される。


(Wiki より)

キャスト
マーティ・プッチオ      ブラッド・レンフロ
ボビー・ケント      ニック・スタール
リサ・コネリー      レイチェル・マイナー
アリ・ウィリス      ビジュー・フィリップス
ドニー・セメネック      マイケル・ピット
ヘザー・スワラー      ケリ・ガーナー
デレク・ディヴァーコ      ダニエル・フランゼーゼ
デレク・カーフマン      レオ・フィッツパトリック
クローディア      ナタリー・ポールディング    

スタッフ・映画情報
監督      ラリー・クラーク
脚本      ザカリー・ロング、ロジャー・プリス
製作      クリス・ハンレイ、ドン・マーフィ、フェルナンド・サリシン
製作総指揮      ジョーダン・ガートナー
音楽      エミネム
撮影      スティーヴ・ゲイナー
公開      アメリカ:2001年7月13日、フランス: 2001年12月21日、日本:2003年5月10日
原題     BULLY



最初に”Bully”の意味は「いじめっ子」という意味で、映画はジム・シュッツの小説『なぜ、いじめっ子は殺されたのか?』が元になっています。
この小説は1993年に実際にアメリカで起きた未成年による殺人事件について書かれています。(ボビー・ケント殺害事件
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先に記載したWikiからの引用ではマーティが殺人を示唆したようになっていますが、映画の中ではリサが言い出しっぺで関係ない人間までをも巻き込んでたき付けています。
それというのもリサがマーティの子を妊娠し(ほんとはボビーの子供かもしれない、どちらの子供かは判断しがたいのです)それを打ち明けると彼は混乱してしまいリサに「堕ろせ!」と暴力をふるってしまいます。
子供の頃から友達だったボビーに常に暴力で従わされていたマーティはそれがもとで自分までも暴力的な人間に変わっていました。リサはマーティの性格を変えてしまったボビーに憎しみを募らせていきます。おそらくボビーがいなければ子供ができたことだし結婚して幸せになれるとでも思っていたのかもしれません。
彼女はその場限りの身勝手な怒りを燃え上がらせ頭の中は「ボビーを殺してやりたい」想いで溢れかえり、友達にもボビーを必要以上に憎むように巧みな言葉で焚き付け始めます。マーティもボビーから逃げることしか考えていなかったのに、リサの悪だくみにまんまとハマってしまった感じがしました。
ボビーの残虐な性格にも原因があります、彼の父親の性格です。息子を常に自分の支配下において未来までも手中に納める支配的な親だった。それとは対照的なのがマーティの父親で息子の顔に殴られた跡があっても「お前だけの問題に家族まで巻き込むな」といった無関心さです。過干渉な親と無関心な親との間で息子たちに何が起きたか、残念な事に『こと』が起こるまで親たちは何も知らなかったのです。
ボビーはいつもマーティを家来のように扱いながらも実は自分に自信がなく、マーティが自分の元から離れてしまったら自分はひとりぼっちになってしまうことを恐れていました。リサの計画にまんまと乗っかってしまった他の若者たちも何かしら問題を抱えていて心に「飢え」のようなものがわだかまっていたのでしょう。その場限りの繋がりとクスリと快楽で「飢え」を満たしているように見えます。リサが企てた殺人も「人の命を奪う」といった認識はまったくなく、お祭り騒ぎかはたまたゲーム感覚で「おれが棒でぶんなぐる役な!」みたいな子供染みたノリで進行して行きます。
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この映画のすごいところは最初は見る側をマーティの味方目線(=ボビーを憎む)に立たせ、「あんないじめっ子は少しくらい懲らしめてやりなさいよ」という視点にさせます。
その後、若者が殺人を企てる部分からは、あまりに突飛で水でも浴びせられたようになり少し冷静になり引いた位置で若者たちを追いつつ「この先どうなるの?」と冷や汗がでるくらい緊張が増幅していきます。(時々若者のおバカさ、浅はかさに引いてしまったりするんですが)
事件を犯した後の若者たち、とくにリサの行動には驚かされました。人を殺めてしまった後ろめたさであんな行動を取るんだね、自らの首を絞めるようなことを。。。
会話で自分から言わなくてもいいこと、自虐的なことを話す人は「何か後ろめたいんだな」って言えるかもしれないですよね、ほんと。
子供達の病んでる姿、そして子供に接する親の姿勢、浅はかな女の子の執念...恐い映画ですね。



#デカダンス(頽廃)

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