My Cinema Talk World: 「ツリー・オブ・ライフ」ー あの頃大嫌いだった父さんを赦せるようになったお話

2014/10/21

「ツリー・オブ・ライフ」ー あの頃大嫌いだった父さんを赦せるようになったお話



前回はテレンス・マリック監督が若い頃に撮った「地獄の逃避行」について書きましたが、今回は私が一番好きなマリック映画「ツリー・オブ・ライフ」についてつらつら想いのままを綴ってみました。
思い入れが深いだけにかなり長文です。

キャスト
オブライエン(父)     ブラッド・ピット
オブライエン夫人(母)     ジェシカ・チャステイン
ジャック(長男)     ハンター・マクラケン
R.L.(次男)     ララミー・エップラー
スティーヴ(三男)     タイ・シェリダン
祖母     フィオナ・ショウ
後年のジャック ショーン・ペン

スタッフ・作品情報
監督 テレンス・マリック
脚本 テレンス・マリック
製作 デデ・ガードナー、サラ・グリーン、グラント・ヒル
ブラッド・ピット、ビル・ポーラッド
製作総指揮     ドナルド・ローゼンフェルト
音楽 アレクサンドル・デスプラ
撮影 エマニュエル・ルベツキ
編集 ハンク・コーウィン、ジェイ・ラビノウィッツ
ダニエル・レゼンデ、ビリー・ウェバー、マーク・ヨシカワ
製作会社     プランBエンターテインメント リバー・ロード・エンターテインメント
配給      フォックス・サーチライト・ピクチャーズ(ウォルト・ディズニー・ピクチャーズ 日本)
公開 2011年5月27日(アメリカ) 2011年8月12日(日本)
製作費     $32,000,000
興行収入     $54,303,319


冒頭にでてくるヨブ記について

映画のいちばんはじめに聖書のヨブ記の一節が画面に出てきます。
残念なことに筆者は、聖書は読んだことがありません。
文章を必死に追ってみると

私が大地を据えたとき お前はどこにいたのか
夜明けの星は喜び歌い
神の子は歓喜の声をあげた
ヨブ記38章…

見た後、遅ればせながらヨブ記を調べてみるとこんな内容らしいことが分かりました。
かいつまんで内容を書いてみます…

ヨブという信仰が厚い人間がいました。そんな彼に次々不幸が降り掛かってきます。
さすがのヨブも自分の信仰深さに対して「この仕打ちはどういったワケですか?神よ、答えてください!」
と不平を言います。それに対しての神の言葉が映画の冒頭でのあの一節です。
「自分が天地を創造した、その時人間であるお前は、まだ影も形もなかったのではないか」
ということでした。

万が一、私のようにヨブ記を知らなくても大丈夫...そう簡単には納得いかないかもしれませんね。
しかしながら、美しい映像とある家族(オブライエン一家)の風景を見ていると、郷愁が押し寄せ感動して、何かに気づくはず...とも、いかないようですね。

ストーリー重視で映画を見る人向きではありません!

映画を見る人は、さまざまです。
ストーリーでキッチリ説明してくれていないとダメな人が結構います。YAHOO映画での批評では
「ストーリーがなっていない」
「ストーリーが...」
と批判している方がかなりの数います。そういう方は、おそらくテレンス・マリックの作品は受け付けないと思われます。
彼の作品は、独特の美しい映像と詩的なボイスオーバーがストーリーを読み解くヒントになっているだけで、キッチリと全てを説明してはくれないからです。
本作では、映像とボイスオーバーがバランスよく纏められていました。
しかしながら、次作『トゥ・ザ・ワンダー』は、映像部分だけに頼りすぎた感があって、“詩”だけの映画になってしまって響いてこないのです。
映像部分を担ったエマニュエル・ルベツキはかなりハードだったのではないでしょうか?

『ツリー・オブ・ライフ』を見る時のヒントとなるキーは
自分の子供の頃どうだったか?
親はあなたにとってどういう存在だったか?
(もし子供がいるとしたら)あなたは我が子にどう向き合っていますか?
そこから、自然とわかるはずです、親として子供にたいしてどうあるべきか...を。

描かれている家族はマリック監督の子供の頃

「ある家族」というのはもちろんオブライエン一家ですが、この物語はもともとテレンス・マリックが描きたかった私的内面の葛藤であり、おそらくここに描かれる家庭内での出来事に似たような経験をしているのではないでしょうか。
確実に言えることは、マリック監督の弟が(本作のように3人兄弟だったかは不明)ギタリストであり、有名なギターの名手について指導をうけている中マリック監督25歳の時に弟が自殺してしまいます。「弟の自殺は結局は父親に責任があるのではないか?」と心にわだかまりを抱いていた。大人になっても拭い去れないその想いを解き放つためにこの映画を撮ったのではないかと言われています。
この作品、マリック監督作品でおなじみのボイスオーバーで始まります。ショーン・ペン演じる中年の男、ジャック・オブライエンの声に始まりジャックの母親(ジェシカ・チャスティン)の声で
「人の生き方には2通りあるいう。一つは世俗に…もう一つは神の恩寵に生きる。」
と語ります。彼女は後者の神の恩寵に生きる人間で「人には思いやりを持ってやさしくありなさい、兄弟で助け合うのよ」と3人の息子達を優しく包み込むような愛で育ててきた、それこそ理想の母親。
彼女にある日、次男が亡くなった知らせが届く。泣き崩れる母、そして次男に昔酷い仕打ちをしたことを悔いる父(ブラッド・ピット)。
次に現在に戻り、現在のジャックが大きなビルの中(勤務先、設計事務所的な場所)過去の出来事を振り返り、そして何かに苦悩している姿が描かれている。

劇場で席を立つ人続出の天地創造から古代のシーン

面白いのは、中年になったジャックが少年時代を振り返る部分が物語の中心に据えられていますが、途中物語は予想もつかない場所に移ってしまいます。
天と地の区別も無かった頃から地球が生まれ、やがて生命体が派生し恐竜が出現するという破天荒なまでの流れになっています。
確かに唐突な流れに観客は面食らってしまうと思います…ちなみに私は残念ながら劇場では見ることができず、DVDで観賞しました…この天地創造から恐竜のシーンですっかり「??」でアクビが出て来て席を立ってしまった方もいることでしょう。



若干長いかも...という気持ちも否めないですが、ナショナルジオグラフィックっぽくて映像がハンパなく美しくて見入ってしまうのも正直なところです。
なぜ、突拍子もなくこういう太古の映像が流されるのか?
なんとなしに納得できたのは、このシーンです。
“河原に死にかかったような小さな恐竜が倒れているところに、強そうな大きな恐竜が群れから離れてやってくる。小さな恐竜を押さえつけジッと見つめてそのうち食べてしまうのかと思いきや、押さえつける手を緩めその場を立ち去る。しかも心配そうに後ろを振り返りながら…”
太古に生きる恐竜でも「慈悲の念」のような気高い心があってそれが人間にも脈々と受け継がれてきたのだろうと。
もちろん肉食獣は、彼らより弱い物を殺して食べて生きる自然淘汰で成り立って今に至っているのですが、そんな長い歴史の中にも「気高い心」は存在していたんだと伝えたいのでしょう。
天地創造から古代へ..という何万年も何億万年も経てきた時代という大きな器の中に現在を生きるオブライエン一家の歴史的な目で見ればほんの豆粒とか塵ほどのスケールの物語を描いています。
この家族の物語はこうも考えられます。
子供が産まれ育ち一人前の大人になるまでの時間は太古から人類が進化する過程を大宇宙とするならの小宇宙的世界なのだと。
つまり、人間の進化の歴史の縮小版、進化のミクロとマクロを描いているのです。

対極的な父母の狭間に生きる子供たち

オブライエン一家に話を戻すと母親は気高い人間であり、父親は世俗に生きる「弱肉強食の世界で喰われずに自分で身を守って生きろ!」的な人間でその生き方を息子達にも押し付けようとします。



それにしてもブラッド・ピットとジェシカ・チャスティンの演技についてはスゴいとしか言いようがないです。
特にブラッド・ピット! あの表情と体全体から漂うイヤな人間の雰囲気、体演とでもいうべきでしょうか。
特に鬼気迫るのが、朝早くに子供達を叩き起こし、教会に連れて行きパイプオルガン弾いて彼らが聴きたくもないバッハの音楽を聴かせるシーン。
無理強いです。自分の演奏に酔いしれる恍惚としたあの表情。ほんと、すごいなぁー、あの顔。
併せて3人の子供達のキャスティングの素晴らしさ。ちょっとエミール・ハーシュに似たカンジのジャックを演じる少年(長男)と、末っ子の少し狡猾な面もありそうなやんちゃっぽい表情、そして兄のような迷いがないやさしそうな雰囲気の次男。
長男ジャックはまさに父親そっくりに育ち、時々父親が言っていた言葉をそのまま口にしたりする。
「お前がしっかりしないから子供達がこうなったんだ!」と父親は母を罵る。対極的な両親のどちらの方針に従えばいいのか子供には判断できない。
そういう場合、子供は自然と優劣関係で強い方に従おうとします。一般的に子供はみなそうするはずです。
「母さんはいつも父さんに見下されてるくせに!」とジャックは母親に言います。
ジャックは次第にどうしていいのか身動きがとれなくなり、その鬱憤を弱いものに向けはじめます。
映画のなかで次男が「母さんは3人の中で誰がいちばん好き?」と訊ねるシーンがありますが母親であれば「みんな好きよ」というに決まっています。
彼女もそう答えていますが、実は次男がことさら可愛かったのだと私は思います。
次男は、長男と三男にない優しさと正義感を持っていました。母親の思想をより強く受け継いでいるのも彼でした。
兄弟の中でも長男や長女は下の子供達に比べ、親の思想をまともに受けて育つのでしょう。ジャックは対極にある父母から影響を受け、それが混ざり合い混乱してどのように行動したらいいのかわからなくなってしまいます。その苛立ちから悪い行動を繰り返したりする。
母親が自分より次男をいちばん愛していたこともなんとなしに感じていたのでしょう、ジャックは次男に意地の悪いいたずらをしますが、すぐに我にかえり自己嫌悪に陥ってしまい、謝ります。
すると弟は慈愛に満ちた優しい表情で兄を見つめ黙って頭を撫でる…
このシーン、もう涙が止まりませんでした。
兄弟たちが自由奔放にかけめぐるシーンでスメタナの『わが故郷』が流れます。
このシーンも映像と音楽の融合で観ている自分を過去の幼い頃に引き戻し、これまたジワジワ泣けてくるんですね。
『わが故郷』=郷愁ってデフォルトなのです。

わたくしごとになってしまいますが、自分の母親がどちらかといえばオブライエン家の父親のような思考の人間で、その頃はすべて親の言っている事が正しいと信じ込んでもいたし、一歩外に出れば今まで受けた教育と何かがずれていることに気づく。ワケが分からなくなる、その頃の辛さが重なって自然に涙が溢れてくるのです。

光が差し込む窓、開け放たれた扉が意味するもの

家族に威張り散らし服従させようとしたり、自分の思い通りにいかない日々の鬱憤を家庭に持ち込んでくるような卑小な「世俗にいきる人間」=父親よりも、「神の恩寵に生きてる」あの優しかった弟になぜ早すぎる死がもたらされてしまうのか。
映画の中でそれを暗示するような言葉がでてきます、またもヨブ記。
「災いは善なるものにも訪れる」



中年になった今も、弟の死は元を辿れば父親が悪いと常にわだかまりを抱え弟の死との折り合いがつけられないでいるジャック。
母親の声が聞こえてくる
「愛することが幸せへの道よ…愛がなければ人生なんてあっという間に過ぎていく。人に優しくありなさい」
そして次男が亡くなった時、苦しみに耐える母親の姿が浮かぶ。
仕事場であるビルのエレベーターをおりた後、
ジャックにほどなくして眩しいばかりの空の下、木枠だけの扉(のような、入口のような)をくぐると少年時代のジャックが現れ導かれるよう歩いて行く。
すると、天国と思われる海辺に彼が子供時代の家族を含め、多くの人々が散り散りに歩いている。近所に住んでいた火傷を負った少年の姿も見える。

とにかくこのラストが圧巻です。素晴らしい!!
自分まで一緒に浜辺にいるような錯覚に陥るカンジ。この場所で母親に抱きしめられ、子供の頃の愛する弟と出会い、憎んでいた父親とも和解したかのように見えます。
ジャックはようやく不自由な足枷から解き放たれたのでしょう。
自分までフッと解放されたような気持ちにしてしまうんですね、天国のような場所のシーン。。。
うーん、映画を見ていないとここに書き連ねたものを読んでもまったく分からないと思います。

時々、階段を上った所に光が差し込む窓が何回か映し出されますが、それはおそらく神が与える試練を乗り越えた時に開けることのできる扉なのかもしれません...神へと通じる扉とでもいうべきでしょうか。
映像美と音響の素晴らしさ、臨場感がハンパないです。
あわせてマリック監督特有のボイスオーバー効果...本作では生きて行く中でのさまざまな苦しみや疑問、神への問いかけが母親(ジェシカ・チャスティン)、父親(ブラッド・ピット)、中年になってからのジャック(ショーン・ペン)と少年時代のジャックの声が語ります。
本作と同じボイスオーバー効果が使われだしたのは「シン・レッド・ライン」からだと思います。
観客が作品の中に入っていくき、登場人物の視点に立てる効果を担っています。
地獄の逃避行」と「天国の日々」ではそれぞれ登場人物が物語の案内人であるだけのナレーション的なものでした。
ラストの海辺は「トゥ・ザ・ワンダー」に出てくる場所と似ていますね。
未見の方は是非観てほしい作品です。






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