My Cinema Talk World: 報道を誤認識させる負のスパイラル − ネット記事の捉え方

2015/03/17

報道を誤認識させる負のスパイラル − ネット記事の捉え方



林真理子のエッセイが炎上している。
知ったのは一昨日のことである。
いつも情報を得ている某サイトに掲載されたニュースの文章においてである。

川崎リンチ殺人、被害者の母を責め立てた林真理子氏のエッセイの暴力性

タイトルに完全に引きつけられる。
川崎中一殺人事件被害者の母を林真理子が責め立ててるのか?!
本文より先に、まずはfacebookのユーザーからのコメントに概ね目を通して久々に驚く。
そこには、シングルマザー差別に憤った人々からの恐ろしいばかりのコメントの数々があった。

暴力的な文章
セカンドレイプに等しい
あげくは
ブスばばあ
どちらが差別してるかわからなくなってきている。

コメントのおおむねは「今、悲しみに打ちのめされている母親を傷つけるな」と「シングルマザー差別するなんてヒドい」といった内容である。
7〜8割ほどは林氏を許せない、残りが母親として子供をしっかり守るべきだったのでは?といった内容だと思う。
その後、世間の人々に林氏に怒りの矛先を向けさせた件の本文を読んでみる。

こうした猟奇的な少年犯罪が起きると、メディアは犯人側ばかりか、被害者側にまで「普通の家庭と違うところ」を探し出し、視聴者や読者に 「こんな特殊な環境にありました」と示すかのような報道を繰り返す。今回はシングルマザーであることが「特殊な環境」としてあちこちで報じられ、それを見 聞きした読者・視聴者は気の毒がる一方で「うんうん、やっぱり自分達とは違う」と安堵を急がせた。
武田砂鉄氏 コラム 本文より)

メディアが事件を消化するかのように作り出す 「シングルマザーだったからねぇ……」という区別は、打ちひしがれている1人の背中を、鉄球で叩き落とすかのような暴力性をはらんでいる。
武田砂鉄氏 コラム 本文より

『週刊文春』(3月12日発売号)の林真理子氏の連載エッセイ「夜ふけのなわとび」を読んで卒倒した。「お母さん、お願い」と題されたエッセイは、被害者の母親をひたすら責め立てる内容だった。
武田砂鉄氏 コラム 本文より

私も、自分が感じたことをコメントした…が、はたと思い立った。
論点である林(真理子)氏のエッセイを読んでいない、これではコメントしても説得力がないのではないか?
このコラムにおいて“被害者の母親をひたすら責め立てる内容”といわしめたソースを読んでみなければ、話は始まらない。

DVDを返却に行き、書店で探す...これだけの論争が起きているのだから売切れも覚悟しなければならない。
すると幸運にも2冊ほど残っていた。
帰宅してコーヒーで一息つきながら、読んでみる。

週刊文春 3月19日号(定価 400円)
夜ふけのなわとび(56頁〜57頁)


一気に読み終えた後、先にネットで糾弾を含んだコラムの方に違和感を感じる。
注意を引く文章だけを抜き出し、前後の繋がりで林氏が本当に言いたい部分はカットされているのだ。

林氏は母親のコメントを読んではいないのだろう。上村さんの母親は、あの時気付いてあげていれば、止めていればと、覆ることのない「たられ ば」を繰り返しては、自分で自分を責めている。
武田砂鉄氏 コラム 本文より

の一文がある。
林氏のエッセイ本文ではニュースで上村くんのアザの映像を見て「親はいったい何してるんだ!」と憤っていたところ林氏のダンナさまに
「そういうことをいうものではない」
とたしなめられた。
「いちばんつらいのはお母さんなんだから」
そんなこと百も承知であるが、お母さんがもっとしっかりしていたら、みすみす少年は死ぬことはなかったはず
(「夜ふけのなわとび」 本文より)

件のコラムにあった母親の状況は察しているのである、それを承知で書いたエッセイなのだ。
続く文章を読めばどうとらえても
シングルマザーは24時間子育てに終始するべきで、新たなパートナーなど探してはならぬというのか。
武田砂鉄氏 コラム 本文より

とは言っていないことに気づくはずだ。

何年か前からの子供の貧困問題にふれ、ついこの前までは豊かさゆえに子供を甘やかす親がいるという流れを経て親のメンタリティの話になっている。
林氏の子供の時代の、貧乏だらけでも親が歯を食いしばって子供にはお腹いっぱい食べさせる母親像を挙げ、そんな昔のことを言っても仕方がないと打ち消している。
林氏は、母親のメンタリティの変化をメディアの影響ではないのか?と説明しているのだ。

テレビのバラエティを見ていると、離婚した女優さんやタレントさんが、そのことをネタにして面白おかしく話している。離婚してとても自由に、幸せになったように語る。あれではふつうの人たちが誤解しても仕方ない。
(「夜ふけのなわとび」 本文より)

シングルマザーを貶めているのではなく、テレビの向こうのバツイチとかバツニ芸能人の話す面白おかしい離婚話に乗せられるなということをいっているのである。
林氏が一貫して比較しているのは、離婚後、芸能界で華やかに活躍する「バツありママ」であって一般の女性ではないのである。

さらに
今回の事件を被害者の家庭環境のせいにすること自体が不健全だが、その不健全な議論に乗っかるならば、事件の遠因となったのは「恵まれた生活をしている人妻」と「そうではないシングルマザー」に生じた階層を率先して広げるような報道や識者の言葉にあったのではないか。
武田砂鉄氏 コラム 本文より

と述べている。
このコラムでは今回の川崎の事件の母親を含めたシングルマザーに向けているように読み取れる。
しかし、ここがまた誤解を招く表現であり
林氏のエッセイ本文には
この頃、女性の連れ子に暴力をふるう事件があとをたたず、私は怒りに震える。どうしてこういう時、お母さんは“女”を優先させるのか。
(「夜ふけのなわとび」 本文より)

としっかりとした主語があるのだ。
「そういうことをすることをするお母さん」とは、つまり「この頃、女性の連れ子に暴力をふるう事件を起こす母親である
ここに説明されているにもかかわらず、コラムではすっかり話がすり変わり、林氏がまるで一般の人々や川崎の事件の母親を含めたシングルマザーを蔑んでいるように書かれているのだ。
どこをどう読めばこうなる?

こういった「誤解をひろげるように書かれている文章」が今回のようなコラムなのではないだろうか。
事実、「川崎リンチ殺人、被害者の母を責め立てた林真理子氏のエッセイの暴力性」というコラムを受けて新たに林氏を糾弾する文章(「曾野綾子化する林真理子」)が大手ブログサイトに掲載されているのである。
ここでも、林氏がいう「そういうことをするお母さん」が誰を指しているかを間違えたままにただひたすら糾弾し続ける。
文章の特定な一部分だけを引用し、読者に面白おかしく怒りを煽動するように書くことこそ、現在のメディアの破綻を感じるのである。

メディアにおいて発信する側は、そのさじ加減で一次ソースの引用部分を選択し、独自の説明を加え情報を流すことがままある。
一次ソースでない情報を受け取る側は、自らが情報元ソースを知らないのであれば、確かな情報ではない内容をあげつらって批判することは慎むべきだと思う。

そして最後に
タイトルに踊らされるな!
ということを自分自身も含め肝に銘じておくべきである。



注)当初のタイトル
報道を誤認識させる負のスパイラル  −  他者に伝える“文章”のあり方

報道を誤認識させる負のスパイラル  −  ネット記事の捉え方
に変更しました。


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