My Cinema Talk World: 受験の季節を前に想う

2016/11/01

受験の季節を前に想う


めずらしく私の身の回りのちょっとした出来事を綴っています。

来年、とうとううちの息子にも「受験」という節目がやってきます。
(受験が節目と考えるのも人それぞれとは思いますが。)
私どもが居住している田舎では、都会のように「塾に通わせて、かならずあの高校に進んで大学は○○大に!」といった家庭は少ないようです。
事実、塾に通わせている生徒はおそらくクラスの半分以下でしょう。
少し離れた市内の中学にいくと、状況はまったく違ってきます。
たまに夕方近くの時間帯に市の図書館にいくと、市内の中学生がロビーのテーブルを陣取って勉強している姿が見られます。
そのたびに、息子と息子が通う中学の子どもたちのまったりさ加減に「これで大丈夫なんだろうか?」と考えることになります。

自分自身の話になりますが、高校は進学校(女子校)を受験しました。
「何をやりたい」
「将来は○○の職業につきたい」
という夢や希望などはまったくなく、通っていた中学ではみんながそこを受験するから自分も流れに乗じた次第です。
入学してからが、ことのほか困難を極めました。
もともと勉強が嫌いで努力などしたこともなく、ろくに受験勉強もせずに受験した人間です。
高校の1日の授業時間が半端なく長い...とにかく教科書が分厚いし、授業はどんどん進んで行く。
そんな状況で、付いて行けているのは国語と英語、歴史くらいでした。
それ以外は赤点もめずらしくなく、数学などは毎日必ず黒板の前に立たされて終わるテイタラク。
(先生も私が宿題もやってこないのに友だちの解いた答えを丸写しにしているのを知っていたのでしょうね^^;)
夏休みは、数学の補習に通うように命ぜられました。



あっという間に2年生になり、仲良く一緒に電車通学していたお友達は、看護事務を目指して“専門学校・短大コース”のクラスに進みました。
もちろん、私は就職を目指すクラス。
募集している会社を受けて「うかれば就職、うからなければ次」とお気楽なもので、完全に人生ナメてかかっていました。
3年間何をしていたかといえば、好きな音楽を聴き図書館で本を読み、友達とワイワイやり...結局ただそれだけだった気がします。
勉強はしなかったけれど、本を山ほど読んだことは唯一の救いといえるかもしれません。
日本文学、フランス文学、そしてアメリカの現代文学と流れていきました。
音楽は、小学校高学年から洋楽を聴きビートルズや70年代のロックやポップスからブラックミュージックへと流れていきました。そしてプリンスと運命の出会いがあったわけです。

生きて行く上で大切なことは聴いてきた音楽の歌詞や本から教わりました。それと映画ですね。
親は何も教えてくれませんし、親の背中を見て育ったのではありません。
ある企業に就職する際の面接のときに趣味を訊かれ、なぜか「夏目漱石のどこが好きなのか?」を夢中で語ってしまったことさえ今としてはよい思い出ですね。

息子が志望校に受かっても、自分と同じ流れになるような気がしています。
私の時代は、努力しなくても「運良く」という言葉が転がっていましたが、今は「運」はあちこちに落ちているわけではありません。
学生時代に、早くから目標を決めなければ後々苦労する姿が目に見えています。
親として「どう向き合うべきか、感情的にならずにするにはどうすればいいか」毎日毎日悩んで考え続けるばかりです。

呪文のように「あの参考書の○○やれ!」と言い、部屋が静まっていると2階に様子を見に行って「何寝てんだよ!高校行く気あるのか?」と繰り返す毎日。
ほんと、これでいいのかな。
学校が楽しいのはいいことなのですが、息子本人がぼーっとしているところにほとほと参っています。