2017/04/09

マンチェスター・バイ・ザ・シー − 2016 / 淡々とした映像からにじみ出るそれぞれの機微


5月に控えた「マンチェスター・バイ・ザ・シー」は、近隣の劇場での上映はいつになるかわからないと判断して、北米版のDVDで一足先に見ることにしました。

ストーリー
ボストンで配管工やゴミ収集などの何でも屋をしながら暮らすリー・チャンドラー(ケイシー・アフレック)。
黙々と仕事をこなす毎日、彼は他人(ひと)とのコミュニケーションに問題があった。
ある日、彼の故郷の友だちジョージ(C.J. ウィルソン)からリーの兄ジョー(カイル・チャンドラー)が倒れたとの電話を受ける。
彼がマンチェスター・バイ・ザ・シーに到着した時はすでに亡くなっていた。
久しぶりにジョーの息子パトリック(ルーカス・ヘッジズ)に再会するリー。
葬儀などの支度をするため、しばらくマンチェスターにとどまる間、久々に共に時間を過ごしながら気持ちがかみ合わずたびたび衝突を繰り返す2人だった。

キャスト
ケイシー・アフレック - リー・チャンドラー
ミシェル・ウィリアムズ - ランディ
カイル・チャンドラー - ジョー・チャンドラー
ルーカス・ヘッジズ - パトリック
C.J. ウィルソン - ジョージ

スタッフ・作品情報
監督:     ケネス・ロナーガン
脚本:     ケネス・ロナーガン
製作:     キンバリー・スチュワード
ローレン・ベック
クリス・ムーア
マット・デイモン
ケヴィン・J・ウォルシュ
音楽:     レスリー・バーバー
撮影:     ジョディ・リー・ライプス
編集:     ジェニファー・レイム
製作会社:     Bストーリー
Kピリオド・メディア
パール・ストリート・フィルムズ
CMP
配給:     アマゾン・スタジオズ
ビターズ・エンド/パルコ(日本)
公開:     2016年11月18日(アメリカ)
      2017年5月13日(日本)
公式サイト:     http://www.manchesterbythesea.jp/

ケイシー・アフレック、ルーカス・ヘッジズともに最高の演技をみせてくれます


心にしみる詩的な映像

ストーリーの流れのみを静観すると、一昔前の日本のメロドラマ的かもしれない。
しかしながら、本作はストーリーを追わずマンチェスター・バイ・ザ・シーの空や海を、リーの内面の機微と重ねて描くことでリリカルに仕上げている。
リーとパトリックの現在の姿を描きながら、時折過去の楽しい時間やリーを故郷から遠ざけてしまった悲しい事件がフラッシュバックのように挿入される。

リーを演じた    ケイシー・アフレックの体演が実に素晴らしい!
アカデミー賞を受賞したので当然とは思ってはいたが、改めて実感。
声の使い分け、目線、表情どれを取っても秀逸。
自分的には、マンチェスター(バイ・ザ・シー)のジョージから兄が倒れたとの電話を受けるシーンが特に気に入った。リアルさがハンパないのだ...要はどのシーンもそうなのだけれど。
パトリック役 ルーカス・ヘッジズも、その年頃の普通の少年っぽくて自然なところが良いし、脇役ではリーとパトリックを何かと気にかけるジョージ役のC.J. ウィルソンがいい演技を見せてくれる。
ルーカス・ヘッジズはケイシー・アフレックに負けじと様々な賞を受賞しているが、彼の父親は脚本家のピーター・ヘッジズだそうだ。
(「ギルバート・グレイプ(原題:What's Eating Gilbert Grape 1993年公開)」)

リーが呑んだくれて酔っ払って喧嘩になるシーンが2回くらい出てくる。
もともと彼がけんかっ早い性格なのではなく、自分が招いてしまったある事件から自らを「生きる価値がない最低人間」だと思いこんで生きてきたから、酔うと嗤われているとかバカにされていると受け取ってしまうのが原因なのだろう。
事実、マンチェスターに帰った彼を「ああ、あれが噂の男か」という冷ややかな目で見る連中が少なくないのだ。

毎日が平和だったころを象徴するボートシーン

なぜリーとパトリックはぶつかり合うのか?

リーは、未成年のパトリックの後見人を亡き兄から託されていた。
現在ボストンに居を構えているし、それよりも帰郷することを避けていて、二度とここに戻ることなど思っていなかったリーは焦る。
かつて兄弟と甥とで楽しい時間を過ごしたこの地で、久々に再会したリーとパトリックは何かにつけぶつかり合う。

大切な人、ジョーを失った二人の喪失感は同じだ。
違うのは、リーは中心になって動かなければならない葬儀の慌ただしさで飽和状態であること。
故郷に舞い戻った彼を待ち受ける冷たい視線。悲しみも感じないうちに早くこの地を離れたい、逃げたいと必死になってもいた。
それを見て、子供の頃の楽しい思い出をリーが壊すように思えたのだろう、パトリックの苛立ちは大きくなっていく。
二人の心の襞(ひだ)が繊細に描かれているから、見る側もそれぞれの立ち位置に立つことになるのだ。
現実を受け止められないのだろう、リーもパトリックも...そう思う。

リーが可哀想で切なくて、見ているのが辛い。
この町の人と話したくないのに、無理しながら兄の葬儀や甥のために奔走する姿が痛々しくなってくる。

この先は結果は書いていませんが、ラストシーンに触れています。

なにやら“兆し”が見えるラスト

故郷を早く離れたい思いはあっても、甥にできるだけのことはしてあげたいと努力するリー。
その気持ちを察し、徐々に受け止めるパトリック。
ラストがさりげなくていいなと思いました。
田舎道を歩く2人のさりげない会話に「救い」が感じられてホッとしました。


かつての妻ランディがリーに想いを打ち明けるシーンは自然に泣けてくる
彼女の芯の強さ、一途さを感じる場面だ。泣くシーンなのにリーの反応に少しコミカルさも見える

ランディ(ミシェル・ウィリアムズ)が今まで言葉にできなかった想いをリーにぶつけるシーンは迫真の演技だ。
互いに愛し合っているまま、あの事件が起きて別れなければならなくなった二人。
彼に会うまで、彼女が抱えてきた想いは切実だ。
言葉にはなかなか出せないことをしっかり伝える勇気とか潔さは、日本の女性には真似できないだろうなと考えさせられたりもする。




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